「リアル」と「ファンタジー」を行ったり来たり
――『ぼくたちのいえ』(文研出版)は藤原さんの2冊目の絵本ですね。どのように生まれたのでしょうか。
前作『きみちゃんとふしぎねこ』(ひさかたチャイルド)刊行からしばらく時間が経ち、「そろそろ次の絵本を」と編集者に言われたことがきっかけです。ふだんイラストの仕事が中心で、絵本もまた描きたいと思いながら、具体的な目標もなくのんびり構えていたので……。いざアイデアをとなると、はじめは全く思いつかず、脳みそを雑巾絞りするみたいに必死で絞り出しました。5つ案を出した中で企画が通ったのがこちらです。
――ぼくのところに12の生きものがやってきます。「遊びにこない?」と誘うのはクモ、アリ、モグラ、コウモリ、トカゲ、カエル、アメンボ、ドジョウ……。身近で小さな生きものばかりですね。
ぼくは一人っ子で、2匹のネコと一緒に住んでいる設定です。家の絵を描いて遊んでいたら、そこに、生きものたちが誘いにきてくれて。その子たちのうちを、ぼくとネコが一緒に訪れるというお話です。
左ページは生きものたちの実際の「家」になるべく近づけて描いています。一方、右ページは「もしもその家にぼくが住んだら……」という妄想です。リアルとファンタジーの世界を行ったり来たりして楽しんでもらえたらと思っています。
生きものと一緒に住めたら楽しい
――12の生きものはどのように選んだのですか。
12の生きものすべてが一緒の場所にいてもおかしくない地域を、絵本の舞台としてイメージしたので、身近なものの生息地をそれぞれ調べて決めました。種類は、関西から関東にまたがってなるべく広く生息するものを選びました。例えばカエルはトノサマガエル、モグラの中ではアズマモグラ、コウモリはキクガシラコウモリ……という感じです。
左ページは間違いのないように描くため、調べものに時間がかかりました。本当は実際に飼って詳しくなってから描きたいですが、そうもいかなくて。右ページはほとんどが思いつきで「こんなだったらいいなあ」というアホな願望です(笑)。最後は“生きものたちとぼくとみんなで住める理想の家”の絵を描いています。
――いちばん大変だったページは?
どの生きものも大変でしたが、いちばんはハチの家でしょうか。六角形をたくさん描きましたね。妄想は、ちゃぶ台も座布団も、コップもメガネもメニューも、パンケーキも全部六角形です。
自然が身近な子ども時代
――もともと生きものが好きだったのですか?
そうですね。小さい頃からバッタを捕まえに行ったりしていましたよ。小学生のとき住んでいたのは、奈良県大和郡山市で金魚の名産地。田んぼみたいにあちこちに金魚池があって、台風がきて大雨が降ると池があふれるんですよ。側溝に流れていってしまう金魚もいて、みんなで捕まえていました。
本が好きで、電車に30分乗って奈良県立図書館までよく行っていましたが、あるとき図書館のそばのペットショップでウサギを見つけて。「次来たとき連れて帰ろう」とこっそりお小遣いを集め、肩かけかばんに本と一緒にウサギを入れて帰ったこともあります。親にはもちろん怒られました。庭に放したうさぎが好物のユキノシタを食べるのを眺めながら、自分も庭のパセリを食べたりしてました(笑)。
中学からは東京の町田に引っ越し、ここでも自然好きな友達ができました。山を削って住宅街が作られたその境目のあたりで、近くに山も川もあり、友達に誘われてドジョウを取ったり……。あと当時、山と渓谷社の植物図鑑にハマり、友達と「やっぱり冨成忠夫さんの撮った写真が一番いいよね」と盛り上がったりしていました。ハレー彗星が接近した年は、夜中に家を抜け出して星を見ていました。
――いま一緒に暮らしている生きものはいますか?
いまはネコが4匹います。台風の日にびしょ濡れになっていた子と、保護団体から受け入れることになった3匹……公園暮らししていたのと、放置された建物から保護された兄妹ネコです。毎日一緒に暮らしているので、眺めているとついアテレコしますね。自由にふるまう彼らに合わせ、勝手気ままに彼らのセリフを脳内再生しています。
イラストの持ち込みから育児書・児童書へ
――大学は、武蔵野美術大学の視覚伝達デザイン科なのですね。
在学中、先生に「君の作るものはおもしろいけどデザインじゃないんだよなあ」とあっけらかんと言われていました。どうも自分はデザイン向きじゃないらしいと思って、卒業後は絵の方向に行こうとしたんですが、最初はサルしか描いてなかったです。サルの絵でポートフォリオを作って持ち込みをしたら、ありがたいことに仕事をくれる雑誌があったんですよ。それで雑誌にサルを描いてました。
――サルのイラストからスタートして……その後は?
ウサギとか犬とか、いろいろ描きましたけど、女性誌のカットはおしゃれな女の人を描くのが難しかったです。子どもを描くようになったのは『育育児典』(岩波書店)からです。子どもを描く修行のため、小児科医の毛利子来(もうり・たねき)さんの診療所に一週間くらい通って、診察室や待合室でスケッチさせてもらいました。
小さな子って、大人とは比べ物にならないくらい細かい線が体にいっぱいあるんですが、全部描くとすごい絵になっちゃう。それらを全部描かず、うまく体の動きや表情の線をとらえて描く経験を積みました。『育育児典』が刊行されると、育児書の挿絵に声をかけてもらえるようになりました。
そのうち、乳幼児を描けるなら小学校低学年くらいの子も描けるんじゃない? と。幼年童話の挿絵の依頼を受けたときは嬉しかったです。自分も小さい頃、佐藤さとるさんの「コロボックル物語」シリーズなどの挿絵を描いていた、村上勉さんの絵がすごく好きだったので。
村中李衣さんの『かあさんのしっぽっぽ』(BL出版)、竹下文子さんの『まいごのアローおうちにかえる』(佼成出版社)、宇佐美牧子さんの『キワさんのたまご』(ポプラ社)くらいから児童書の仕事が増えていきました。
好きな絵を描くことには飽きない
――2冊目の絵本が完成して、いかがですか。
『きみちゃんとふしぎねこ』のときは背景をどう描くか、ストーリーやアイデアをどう絞り込んでいくかも手探りで、わからないことだらけでしたが、今回はちょっと自分なりのアイデアも入れられたかなと思います。
とにかく最初にパッと浮かんだのがクモの家で、クモの横糸はねばねばしてくっつくから、もし自分の家ならぜーんぶくっつけちゃえばいいじゃん、という単純な発想が頭に浮かんで。そこからモグラのトンネルに光るキノコを描いたり、しかもキノコ鍋にして食べられたらいいなとか。コウモリの洞窟には鉤爪で椅子やテーブルをくっつけちゃえ、といいかげんで自由な想像が広がっていきました。
――どんな画材でどのように描いているのですか?
鉛筆と水彩絵具です。他の仕事をしながらではありますが、ラフの制作に1年以上、実際12の生きものが決まって、原画を描きはじめてからはさらに1年以上かかっているんじゃないかなと。ページごとに違う生きもののことを一つひとつ調べながら描いていたので、1カ月で2枚しか描き上がらなかったです。
絵描きで生活するのは大変ですが、好きだから飽きない。本を手にとった人がしばし絵の中に入り込んで、遊んでいってくれるような時間を、ちょっとでも提供できていたらいいなと思います。