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滝沢カレンの「金魚姫」の一歩先へ 人間に姿を変えた琉金が、ずっと探していたのは…

撮影:斎藤卓行

それは、とても暑くて少し地面が湿気付いていた夏の夜だった。

鼻にかがせる、コンクリートを湿らせたような香りが僕に夏を知らせる。

友人に無理矢理に誘われどうにか家から出てきた僕は下ばかりみながら、待ち合わせ場所に向かった。

耳には楽しそうな声が通りがかる。

心臓に突き抜けるような太鼓の不揃いなリズム。

ふつうだったら、楽しげな笑顔が似合うはずだろう。

僕はあまりにも雰囲気に似合わない表情で、
祭りに向かっていた。

祭りの入り口には、友人が待っていた。

「おー!潤!」

大きな声で僕の名前を楽しげに呼ぶのは、
親友の勇輝だ。

「勇輝、ありがとな。俺なんかをこんな気にかけてくれてさ。」

「おいおい、潤まだ暗いなあ!誰だってある別れだ!仕方ない!また出会いはある!!今日は夏を楽しもうぜ!」

勇輝は僕の猫背な背中をバシバシと励まし上手な平手で元気付けた。

僕は4ヶ月前に、

大好きだった恋人に別れを言い放たれた。

僕は彼女が大好きで、きっとこのまま結婚するんだろう、とまで決めていた。

なのに、彼女はあまりにも急な別れを僕に言ってきた。

理由も、聞けずに、
思い出も話せずに、
感謝も、言えずに

僕の前から去っていった。

ちょうどさくらが散り始めた頃、
僕も散った。

そんな無機質な4ヶ月をどうにか生きて、
どうにかこうにかで今日も僕は夏を感じれている。

「まぁ潤。ゆみちゃんとはそこまでの運命だったってだけでさ、潤にはもっともっとお似合いなコがいるってわけよ。だからそんな毎日考えすぎるな。」

「うん。ありがとう勇輝。」

勇輝のあたたかい慰めも、頭に残らず消えていく。

そして僕はこの祭りにゆみがいないかな、なんてことばかりで頭を動かしていた。

全く消えてくれない頭の中の記憶と共に、
周る夏祭り。

屋台は愉快な顔して人々を楽しませていた。

「おい!久しぶりに金魚すくいしようぜ!どっちが上手いか勝負だ!!」

勇輝が目を出目金みたいにしながら僕を誘ってきた。

「うん。いいよ」

言われるがまま、誘われるがままに
身体を動かした。

金魚が絵を描くように気持ちよさそうに水の中で泳いでいる。

ゆみともよく金魚すくいをしたな、なんて思い出が頭の引き出しからやってくる。

金魚たちの前に座り込み、僕と勇輝は金魚すくいをした。

勇輝は僕の横で誰よりも無邪気な目を光らせ金魚たちに挑みにいっていた。

僕は気まぐれなほどに金魚の動きに浸りながら、1匹の美しき琉金に目を取られた。

水の中をとびきり美しく、そして早く泳いでいた。どの金魚にも目をやらない清々しいくらいに真っ直ぐな直接泳ぎで。

僕は、その琉金目掛けてポイを近づけた。

その瞬間、スーっと泳いでいた琉金はピタっと僕の近づけたポイの前で止まり、琉金の方からポイ上に乗ってきたように見えた。

僕は一瞬の息も吐かずにそのまま左手に構えていたおわんの中に入れた。

おわんの中で琉金は穏やかに僕の方を見ていた。
あまりの美しさに僕も琉金を見つめてしまうほど。

「潤、なんだ!1匹だけかよ!!」

勇輝の張り切り声でハッとした。

隣には、おわんに5.6匹金魚を携えた息満々な
勇輝が大きな歯を見せて笑っていた。

「あ、俺1匹だわ。」

「どうする?返す?」

「いや、俺せっかくだから家に連れて帰るよ」

僕はそういって、その琉金を自宅に連れて帰ることにした。

琉金は僕の自宅にきても、変わらずにキラキラ美しかった。

「本当に綺麗だね。君は。今日からリュウと名付けるよ」

リュウは僕をなぜかジッと見つめているようだった。

部屋の明かりを消して、
僕は疲れた身体をベッドに託した。

「はぁー」

ゆっくりおっきなため息と共に目を閉ざしていく。

イラスト:岡田千晶

僕はふと鼻慣れない香りに目が覚めた。

時計は夜中2:30を過ぎていた。

ぼんやりと目に映るのは僕の薄暗い部屋。

目のかすみをこすりながら、リビングに行くとリュウを置いていた金魚鉢の場所に、赤い服を着た女性が立っていた。

「!?!?」

僕は驚きのあまりに尻もちをあからさまなくらいについてしまった。

その音に、赤い服の女性は振り向いた。

「あ、ごめんなさい。」

「あ、あああなたは、誰だ!」

僕は尻もち姿勢のままに美しき彼女に聞いた。

「きっと信じないだろうけど、私はこの琉金だった者です。あなたが掬ってくれたから、私は人間になることができました。」

赤い服の女性は訳のわからない言葉で僕の脳内をひっちぎるようにかき混ぜた。

「なぜ、金魚が人間に?人間だったってこと?!訳がわからないよ」

「そうですよね。人間でもあるし、金魚でもあるのかもしれません。ただ私は探している人がいます。」

「誰を探しているの?」

「私にもわからないんですが、何かが気になっていて。探さなきゃならない人がいる気がして。」

赤い服の女性はか弱い声に任せてよく分からない言葉を並べていった。

「これからどうするの?」

「もしいいなら、その人が見つかるまでこの家にいてもいいですか?」

僕は予想もしてなかった選び言葉に驚いた。

でも確かに、僕が連れてきた琉金だしな、と変な納得心が僕を説得させた。

「うちでよければ。」

僕はそんな言葉をもう繰り広げていた。

そんな言葉から、僕と人間になったリュウとの奇妙で奇跡な共同生活が始まった。

リュウはどこに行くでもなく、いつも窓の外を眺めているだけだった。

僕が起きたときも、寝る時も、窓を見ていた。

そんな毎日に僕も違和感を口に出さずにはいられなくなり、ついに彼女を食事に誘った。

「今日外食しない?」

リュウは驚きながらもとてつもなくかわいい笑顔で僕に向かって無言を貫き頷いた。

そんなリュウとの違和感真っ盛りの中でも、
なんだか新鮮で楽しい毎日を僕は密かに感じていた。

ふたりで食事をする時は、僕ばかりが話してしまうけど、それにリュウは楽しげに頷いたり、笑ったりしてくれた。

単なる朝の出来事や、会社の部下話、電車で見つけた変なカップル話とか、僕の一日を言葉にして伝えたくなる存在になっていた。

そんな僕にとって完全なる幸せな日に変身していった日のこと。

珍しく、リュウは1人で外に出かけると言い出した。

「今日はちょっと散歩でもしようかと思うの。潤さんも会社でしょう?それまでには帰ってきますね。」

「1人で散歩なんて大丈夫?まあ気をつけて。俺は20時くらいには帰るけど、好きに過ごしてね」

僕は何の気知らずに会話をして、
家を出て会社に向かった。

リュウは携帯電話も持っていなかったため連絡手段はない。

「無事帰ったのかな。」

夕方を過ぎると、僕は急にリュウの居場所が気になり始めた。

嫌な予感を頭に感じてしまい仕事どころではなくなった僕は、退勤時間前に会社を飛び出した。

僕は呼吸高いまま家に着くと、
嫌な予感は的中した。

リュウは家のどこにもいなかった。

それどころか、
リュウはなんと琉金に戻っていた。

優雅に何ごともなくただ泳いでいる。

まるで昨日僕が掬ってきたかのように。

人間となったリュウとの日々が夢だったのかと、僕は頭をかかえながら座り込んだ。

座った瞬間何かクシャという音に僕は尻をあげると、そこには一枚の手紙があった。

"探していた人、見つけました。"

ただそれだけが書いてあった。

「そんな、、。リュウ、、、」

数週間ではあったものの、僕の夏は間違いなくリュウのおかげで楽しく、元恋人の存在すらすっかり頭から離れていた。

そんな僕にまたしても辛い別れがきた。

僕は明日からどう生きていこう、と重たくなった心を引きづりながら、その日は大して眠れずに朝がやってきた。

そして、琉金になったリュウに力無く挨拶をして会社に出かけた。

会社の最寄り駅に着き、
人混みの中僕はただ改札口に向かって行き交う人々の肩にあたりながら進んでいた。

そんなとき。

「落としましたよ。」

僕は肩をたたかれふりむいた。

そこにたっていたのは、

リュウだった。

「え?」

「これ、落としましたよ?」

リュウが僕に差し出してきたのは、
リュウが僕宛に書いた手紙だった。

僕はハッとリュウの顔を見た。

「見つけました、あなたのことを。」

家では、琉金も泳いでいた。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 ブラック企業勤めで精神をズタズタにされ、同棲していた彼女にも振られてしまった「僕」こと江沢潤。近所の夏祭りの縁日ですくった色鮮やかな1匹の金魚が、自宅に持ち帰ったその夜、赤い衣装をまとった美しい女性に姿を変えます。潤が「リュウ」と名付けたその女性は記憶を失っており、遠い昔に縁のあった誰かを探しているようでした。リュウの人探しを手伝ううちに、潤は勤め先の呪縛に捕らわれなくなり、人間らしい生き方を取り戻していきます。そしてリュウも徐々に記憶を取り戻し、悲しい過去が明らかに……。短編集『海の見える理髪店』で第155回直木賞を受賞した荻原浩さんの長編小説です。

 実は図らずして、カレンさんバージョンも荻原さん作のオリジナルと同様、リュウが探していたのは潤でした。カレンさん作の潤とリュウが爽やかなハッピーエンドを匂わせて終わるのに対し、オリジナルのリュウは金魚に姿を変えた悲しい歴史を引きずっており、それこそが潤を探していた理由でした。最後は悲しくも、ほっと胸をなで下ろす結末を迎えます。金魚を飼ったことのある人なら誰もがうなずくような、飼育法の細かい描写も読ませどころです。