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百年の二度寝(東京) 雑貨店の奥で元書店員と老舗バンドドラマー、孤独も吹っ飛ぶ二人三脚

 おそらく人類史上もっとも暑いと思われる夏が終わった。来年もまた暑いであろう。と、書いただけでうんざりするが、それでも少し涼しくなると途端に街歩きをしたくなる。

 今回目指したのは、練馬区江古田。「百年の二度寝」という、なんとも魅惑的な名前の本屋があると聞いたからだ。孤独を吹っ飛ばす二度寝には、どんな本が並んでいるのか。

 西武池袋線の江古田駅前をぐるりと歩くと、緑色のひさしが目立つ本屋が見えた。マンガとコミックが多めながらも、総合書店になっているようだ。一方の「百年の二度寝」は、雑貨店の奥にあるという。

ガラス張りの外観の奥に、本屋がある。

 西武池袋線の踏切を渡り、武蔵野音楽大学方向に5分程度歩く。レンガ造りのマンションの前に「雑貨店 オイルライフグレース」という看板と「本 百年の二度寝」の看板が並んでいる。ここのようだ。

 引き戸をスライドして、まずはオイルライフに入ってみた。気になるグッズばかりで、まさにダンジョンではないか……。雑貨欲しい欲を抑えながら奥に進むと、四角く広がった空間に本が並んでいた。広さはどれぐらいあるのだろうか?

「この先」とあるが、足を踏み入れてもう少しだけオイルライフのスペースが続く。

「機械書房(文京区本郷にある本屋)の岸波龍さんが足で測ってくれたんですけど、12坪あるって言ってました」

 店主の1人、河合南さんが教えてくれた。

第一印象はお互い「……」

 2021年の春にオープンした「百年の二度寝」は、河合南さんとパートナーの新井宗彦さんの2人で運営している。

河合南さん(左)と、新井宗彦さん(右)。普段は交互に店番をしている。

 河合さんは博多生まれで長崎県育ち、新井さんは生まれも育ちも群馬県。かたや海アリ県、かたや海ナシ県出身の2人は、同じ日大芸術学部文芸学科に通ったことで出会った。とはいえ、河合さんは学部出身で新井さんは他大からの大学院進学なので、時期もクラスもかぶっていない。共通の指導教官の退官式で、初めて顔を合わせたそうだ。

「小林君(共通の友人)が、河合さんを紹介してくれたんです」(新井)

 その時、お互いをどう思いましたか?

「うーん、とくに何も思わず」(河合)

「……」(新井)

 そんな2人は出会ってから15年が経過した今、公私ともにパートナーだ。

手前のオイルライフはこんな感じ。こちらもしげしげ必至。

 河合さんは大学卒業後、ジュンク堂池袋店で働き始めた。政治やビジネス書の担当となり、本に囲まれる日々は楽しかった。けれど大型書店は、やることだらけでスピードも要求される。約7年目にして体調を崩し、退職を余儀なくされてしまった。

「好きな仕事だったので残念だったけれど、とにかく激務でした。長らく療養の必要があったので、その後10年近く、本屋の仕事からは離れることになって」(河合)

 新井さんは大学院を卒業したあとは、バイトをしたり、地元に戻って図書館の臨時雇用職員をしたりしていた。その後再び上京して、葛飾区内にある染物の型紙店に弟子入り。約10年間職人をしていたという。同じ頃にドラムを始め、2018年にはかつて「イカ天」(1989年から1990年まで、TBSで放送されていたバンド対決番組「三宅裕司のいかすバンド天国」の略称)にも出演したバンド「突然段ボール」のメンバーとなった。

「30代後半になって、たまたまドラム教室の投げ込みチラシを見て始めたんです。それまで音楽を聴くのは好きだったのですが、楽器を本格的に触るのはこれが初めて。1年後ぐらいに、ライブハウスのセッションに参加したら、そこで知り合った人にバンドに誘われて。その後いろいろありながらも、音楽を続けていたんです。突然段ボールはもともとファンだったのですが、Twitter(現X)でドラムを募集してたので、応募してメンバーになりました」(新井)

 30代も後半でいきなりドラムを始めて、結成50年近い老舗バンドのメンバーになってしまうとは……。同じ頃から2人は毎週日曜、オイルライフの一角を間借りして、「むかで屋Books」という古本屋も始めた。

むかでやBooksレーベルの消しゴム版画トートは人気商品。

 むかでやBooksは、突然ダンボールのメンバー蔦木俊二さんのインタビュー集『蔦木語録』を刊行したり、消しゴム版画や型紙切り絵を作ったりと、売るだけでなく作るにも力を入れている。本屋を始めたのは、当然の成り行きだったように見える。

「2020年の10月頃に『やる?』って声をかけられましたが、それまで自分たちで本屋を始めるとは、実は思ってませんでした。私は内沼晋太郎さんの『これからの本屋講座』に参加しましたが、それは当時本を読まない人ばかりの職場にいたので、本の話がしたかったから。書店作りに燃える仲間たちの中で、ひたすら話を聞いているのみでしたね」(河合)

他ではお目にかかれない1点もの雑貨

 新井さんが型彫りから離れるタイミングだったこともあり、「ちょうどいいかな」と思い、2人でやろうと決めた。退店した店が残していった棚を活用することにしたが、本の在庫が圧倒的に少ない。最初は古本中心にしようと思っていたので、せどり(同業者からの転売)を活用しまくっていた。すると、すぐ近くに古本屋がオープンするという情報が飛び込んできた。

「あちらは古本に対する造詣が深いオーナーだったので、同じことをやっても意味がないなと。それにいざ店を始めてみると、自分の置きたい本をすべて古本で探してくる方が、新刊を仕入れるよりも大変だと気づいたんです。そこから新刊の比重が増えていって、オープン当初は新刊3:古本7の割合でしたが、今では逆になりました」

前に入店していた雑貨店の棚を活用しつつ、本を見せる陳列に。

 現在の在庫は「1000から2000冊ぐらい」(河合)という棚には、新刊と古本が一緒に並んでいる。さらに雑貨やレジ前にはZINEコーナーがあり、見た目にも賑やかだ。

「ZINEはスペースがないこともあり、面白いと思うものだけを置いています。だからクオリティーに関してはハッキリ伝えて、お断りすることもあるんです」

 そう語る河合さんは、本屋でZINEを売りたい人に向けて『本屋攻略読本』というZINEを作った。元書店員の目線からシビアに、そして具体的にZINE作りをとりまく現状について触れているので、なかなかの売れ筋らしい。

 フェミニズムや社会学などは河合さんがセレクトし、日本文学や音楽などは新井さんが選んでいる。2人の嗜好が透けて見えるけれど、マニアックになりすぎず偏りすぎない品揃えだ。

 そんな中に河合さんの祖父が外国で買い集めた人形や、新井さんをバンド活動に引き込んだ友人の娘、ゆうな画伯(6歳)によるポストカードなども置かれている。他ではお目にかかれない1点ものの数々を、棚とともについしげしげと眺めてしまった。

これはかつて貿易商を営んでいた、河合さんの伯父さんが扱っていたデッドストック雑貨。

伝わりにくいから「本屋」を名乗ることも

 オープンしたての頃はTwitterを見て訪れる人が多かったが、2年半が経過した今は、近所の人が立ち寄ってくれることも増えてきたという。まだまだ軌道に乗っているとは言い難いけれど、好きな本が売れると「やった!」という気持ちになれるのが嬉しいと、2人は笑顔を見せた。

「実は私も、本屋の棚を眺めるのが好きなんですよね」

 そう語る河合さんに、オススメ本を教えて下さいと言うと、「オンラインでもリアルでも追っかけをしていた」、社会学者の故・ケイン樹里安さんの共著『ふれる社会学』(北樹出版)と、マンガ家のTokinさんのZINEを紹介してくれた。さらにピューリッツァー賞作家、イーディス・ウォートンの『無垢の時代』もぜひ読んで欲しいと言う。

 なぜなのか、その理由を問うと河合さんの瞳が明るく灯り、熱のこもった言葉が飛び出して来た。そのなんとも幸せそうな表情を見ていて、私まで嬉しくなってしまう。ああ、私が取材を続けている理由はこれなんだ。この誰かの何かに対する気持ちに触れたくて、あちこち訪ね歩いているんだったな。

 自分の原点がなんだったのか、改めて考えた瞬間だった。……でもなんで、二度寝?

「深い意味はないんです。候補をいろいろ考えていた時に、たまたま津村記久子さんの『やりたいことは二度寝だけ』(講談社)を読んでいて。それにガルシア・マルケスの『百年の孤独』をくっつけたというか」(新井)

「でも本屋ってことが伝わりにくいので、最近は『本屋 百年の二度寝』と名乗ることもあります」(河合)

「『SF/ボディ・スナッチャー』みたいな感じですかね」(新井)

 なるほど。妙な納得をしながら、店をあとにした。こんな出会いがあるから、本屋取材はやめられないのだ。

河合さんと新井さんが選ぶ、二度寝してる場合じゃない3冊

●『ふれる社会学』ケイン樹里安、上原健太郎(北樹出版)
大学の初学者向け教科書ですが、一般の人もぜひ読んで欲しい。スマホ、就活、よさこいなど、身近なトピックから、社会を俯瞰して眺める視点に「ふれる」事が出来ます。 ケイン樹里安さんの遺したものは本当に大きくて、それを本屋の立ち位置でどうつないでゆくか、考え続ける日々です。(河合)

●『モヤモヤの日々 20201222→20211230』宮崎智之(晶文社)
フリーライターの著者による、2020年末から2021年末までの約一年間を書いたエッセイ集です。自分自身、内田百閒や庄野潤三の随筆に親しんで来たので、「随筆復興」を唱える著者に共感し、応援しています。(新井)

●『ゾンビ道場 背水のZINE 』Tokin
解離性同一性障害と双極性障害の当事者である漫画家が、病や障碍とともにある日々をつづったエッセイ漫画。私もうつ病の当事者なので、思い当たる所が多くて、笑いながら読んでます。笑いながら、なんか救われてしまう一冊。(河合)

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