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「資本とイデオロギー」 つくられた不平等の歴史に挑む 朝日新聞書評から

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2023年10月14日
資本とイデオロギー 著者:トマ・ピケティ 出版社:みすず書房 ジャンル:経済

ISBN: 9784622090489
発売⽇: 2023/08/24
サイズ: 22cm/931,164p

「資本とイデオロギー」 [著]トマ・ピケティ

 トマ・ピケティ、フランス経済学界のフォワードとして真っ先に名が挙がるのはこの人だ。世界的ベストセラー『21世紀の資本』の姉妹書の待望の邦訳である。不平等は政治的につくられたものだ、だからこそ政治的に是正できる、というメッセージを押し出し、次の出番は私たち自身だと発破をかける。帯に躍るエステル・デュフロの英語版への献辞「さあ、腕まくりしていこう」は、腕まくりして読む、ではなく、腕まくりして行動に移そうという意味だろう。
 不平等は政治的につくられたという命題のために、本書では幾重にも議論を重ねている。
 まず、不平等の数百年の姿を示すために数字、つまり歴史的統計を使う。地球上のデータを1カ所に集めてみると実は所得格差は縮小しているというブランコ・ミラノビッチのような方法もあるが、本書は資産の偏りも重視する点、地球全体の分布よりも主要各国別の議論を重ねることで全体像を浮かび上がらせる点が特徴的だ。
 次に、各国各時代の制度が資産や所得の不平等をつくりだしてきた仕組みを説明する。とりわけ税制は、他の権利義務体系と関連付けられ重要な役割を与えられている。もっとも、制度と不平等との関係自体は、伝統的な歴史研究の内に蓄積されており、本書の解説も基本的にはその域を出ない。しかし、別の角度から光を当てるのが秀逸だ。ここでは、人々が同時代の不平等をどう評価したか、制度によって不平等がもたらされているその有り様をどう正当化したか、文学作品や政治家のエッセイなど様々な文書資料を使って解釈を付け加える。まさに資本とイデオロギーとの関係が政治過程において具体化されることで、社会に不平等が出現し正当化されてきたことを示す。
 さらに、話が西欧近代に限定されず、前近代、インド、中国、日本など、広く時代と地域を覆っている。仏語と英語しかできないと公言する著者がここまで書けるのは、個人的博学に頼らず、研究グループが世界的規模で組織され、各国の知識やデータの共有が進化した、その成果を利用しているからでもある。
 原著の出版は2019年9月で、1年を経ずに英訳が出版された。論旨を約した講演録など、普及版もすでに出版され邦訳もある。あえて本書を手に取る意味は、その論理の壮大さ、経済史・政治史・文化史を総合し、地球全体の不平等の歴史を語った、まさに次世代の「世界史」を感じることにあるだろう。その意味では、この厚さと重さ(と値段)に臆さず、高校生にも挑戦してもらいたい一冊だ。
    ◇
Thomas Piketty 1971年生まれ。経済学者。パリ経済学校経済学教授、社会科学高等研究院教授。著書に『21世紀の資本』『格差と再分配』など。関連本に昨年の講演録『自然、文化、そして不平等』がある。