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平田利之さんが絵を手がけた絵本「つみき」 赤ちゃんにもわかる面白さに挑戦

赤ちゃん向けのシンプルなオチ

―― ひとつ、ふたつ、みっつ……と積み重ねられていく積み木。10個すべて積み上げて「やったー!」と思ったら、てんとう虫がやってきて……。縦開きの赤ちゃん絵本『つみき』(金の星社)は、積み上げては「がっしゃーん」と勢いよく壊す、子どもならではの積み木遊びが題材となっている。中川ひろたかさんの文に、イラストレーターの平田利之さんがシンプルかつユーモラスな絵をつけた。

 以前から絵本には興味があって、グラフィックデザイナーの作品や海外の作品など、自分好みの絵本を集めていたんですね。ただそれはあくまでイラストレーションの資料として考えていました。でもある日、編集者さんから赤ちゃん絵本の絵をお願いします、と依頼がありまして。中川ひろたかさんと編集者さんで、新しい赤ちゃん絵本を作るという企画の中でお声がけいただいたんです。

 僕がふだん手がけているイラストレーションの仕事は、経済や社会全般の問題など、大人向けの難しいテーマのものが多く、それをとんちやひねりを効かせて表現しています。常識や理屈の通じる大人相手だからこそ成り立つイラストを描いているので、そんな僕に赤ちゃん向けの絵本なんてできるのか、という不安も正直ありました。でも、イラストだけでなく装丁まわりも含めて全部やらせてもらえるというお話だったので、それならひとつの作品を作るという意味で、挑戦してみようかなと。

―― 編集者経由で中川さんから12見開き分の原稿を受け取って、絵本の制作がスタート。編集者といくどもラフのやりとりを重ねた。

 中川さんからは、見開きごとの原稿をいただいただけ。そのシンプルさに驚きました。絵についてはとくに注文はなく、任せていただけたのでうれしかったですね。

 積み木が積み上がっていって、最後にがっしゃーんと崩れてしまう。それを見てみんなが「あーあ」と言う……。その単純な流れを絵にしていけばいいわけですが、個人的に何かしら絵的なオチはつけたいな、というのがありました。赤ちゃん絵本なので、難しいオチにはできません。いろいろと検討した結果、積み木を積み上げていたのはぞうさんの頭の上で、ぞうさんも一緒に「あーあ」と言っている、というラストにしました。それと、最後の見返しでもう一度積み上げようとしている様子を描くことで、積み木遊びも絵本もループしていくようにしています。

『つみき』(金の星社)より

 何点もラフを作る中でつい、いつもの癖でひねりの効いた表現をしてしまうこともあって、編集者さんから「この表現は赤ちゃんには理解できない」と指摘されたこともありました。ただ、与えられたテーマで制作するという点はイラストレーションとも共通するので、そこがうまくはまればいい作品になるはず、という思いもあって。編集者さんとラフをやりとりするうちに、よりシンプルでわかりやすいものにブラッシュアップしていけたかなと感じています。

場面ごとに変わる積み木の表情

―― タイトルも『つみき』とシンプルだが、もとは違うタイトルがついていたという。

 当初は『あーあ』というタイトルでした。積み木が崩れて、みんなが「あーあ」と言う、そこがそのままタイトルになっていたんです。なので、子どもが「あーあ」と言っている表紙を作った記憶がありますね。でも、ダミーを見た中川さんがやっぱり『つみき』の方がいいだろうとおっしゃって。意外と『つみき』というタイトルの絵本がそれまで他になかったようで、タイトルが変更となりました。

タイトルが『あーあ』だった時に描いた幻の表紙

 ひとつ目の積み木の上に「つみき」という文字を積み上げた表紙のデザインは、『つみき』というタイトルを見てすぐに思いつきました。シンプルでわかりやすくて、僕自身も好きなタイトルです。

―― この絵本をより面白くしているのが、それぞれの積み木に描かれた顔だ。上に積まれた積み木のちょっとうれしそうな笑顔や、10個積み上がったときの積み木たちの満面の笑み、てんとう虫が近づいてきたときのハッとした顔など、場面ごとに変わる表情がユーモラスで、シンプルな絵本に楽しい変化を与えている。

 当時、イラストレーションの仕事でもいろいろなものを擬人化して描いていたので、積み木も顔があった方が面白いかなと。どの積み木をどんなキャラクターにするか、といったことはあまり深く考えてはいなくて、なんとなくこんな顔が面白いんじゃないかと思うままに描いていった感じです。

 表情の変化についても、作り手側の遊びとして、場面に応じて感覚的に描いていきました。てんとう虫が登場してからが見せ場ですね。一番上の積み木にてんとう虫がとまって「ん?」と固まる。最初の「ゆら」で「おや?」という顔になって、次の「ゆらゆら」で「あれれ?」と焦り始めて、その次の「ゆらゆらゆら」でますます不安になって……。

『つみき』(金の星社)より

 赤ちゃんが何を面白がるのかがわからなかったので、自分自身が面白いと感じるものを描いて、編集者さんに「赤ちゃんにはこれ、どうですかね?」と確かめながら進めていきました。本当に手探りで、編集者さんにかなり引っ張っていただきましたね。

―― ブックデザインも平田さんが担当。書体の選定から文字の大きさ、配置なども含め、デザイナーとしても腕をふるった。

 絵だけでなく、書体や色などブックデザインも含めて全体を構成していくことで、より強くイメージを定着できたように思います。

『つみき』(金の星社)より

 シンプルな絵本なので、色にもこだわりました。てんとう虫が赤だから、色の組み合わせを考えて、背景はグリーン、積み木はイエローと比較的早いうちに決まったんです。ただ通常の4色刷りだとグリーンもイエローも色が濁ってしまうんですね。特色を使えば鮮やかな色味を出せますが、その分コストがかかって、絵本自体の価格にも影響してきます。

 でも『つみき』は色数が少ないので、金額的には変わらないとのことで、特色を使えることになって。おかげで、目にしたときにインパクトのある、鮮やかな色味の絵本になりました。その後に同じシリーズとして出版された『ことり』『たまご』『ひよこ』(いずれも金の星社)でも特色を使っています。

絵本は夢のある仕事

―― 2007年の初版以来、『つみき』は順調に版を重ねているが、平田さんは「読み継がれているのは、中川さんの功績がほとんど」と話す。

 その後、自分のオリジナルの絵本を出す機会もあったんですが、子どもに向けて、文章からすべて自分で考えることの難しさを痛感しました。中川さんと組ませていただいた絵本は、文章に絵をつけるという点ではイラストレーションの範疇に入ると思いますが、一から物語を考えて作るというのは、全然違う作業でしたね。

 言葉のリズム、ページの割り振りや流れなど、絵本の核となる部分がしっかりしていないと、いい絵本は作れないんだなと感じています。中川さんのテキストは、その核となる部分が本当によくできていたので、僕は言葉のリズムとシンプルさに引っ張られて、イメージを広げていくだけよかった。『つみき』の文章は本当に短いのですが、短いからこそ難しいのだろうと思います。赤ちゃんが相手だと、何の説明もできませんからね。改めて中川さんの偉大さを思い知りました。

 ただ、機会があればまた絵本に挑戦してみたいなという気持ちはあります。イラストレーションの仕事は、基本的には一回きりで時代とともに流れていってしまうものですが、絵本は版を重ねて残っていく。それぞれの家で、何回も何回も、ぼろぼろになるほど読んでもらえたりもする。それはすごく夢があるなと。『つみき』も、僕の孫の代まで読み継がれる絵本になったらうれしいなと思っています。