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青山美智子さん「リカバリー・カバヒコ」インタビュー 古びた公園のカバ、触ると自分が変わっていく

青山美智子さん=篠塚ようこ撮影

「カバヒコ」誕生秘話

――本作の軸を「アニマルライド」にされたのは、どんなところから着想されたのですか?

 最初にどういう連作にしようかと考えた時に、巣鴨の「とげぬき地蔵」のような話を書きたいと思ったんです。「とげぬき地蔵」って、自分の身体の治したいところと同じところを洗うと良くなるといわれているのですが、そこに行けばみんなが会いに行ける。そういう対象を軸にしたテーマの作品を書きたいという思いは何年も前からあったんです。でも、先に対象物として頭に浮かんできたのはアニマルライドではなく公園だったんですよ。誰でも行けて、誰にとっても開かれた場所にあるものということで、そこにある「アニマルライド」を軸にしようと思いました。

――何も言わず、動きもしない「カバヒコ」ですが、見る人の心の持ちようによって、自分を受け入れてくれている、見守ってくれているなと感じました。青山さんは「アニマルライド」にどのような印象がありましたか?

 公園のアニマルライドって、どれもキャラが濃いなとずっと思っていたんです。モチーフになっているのも、一般的で子どもにもなじみがあるような動物というより、ひとクセあるようなものが多いんだけど、そこはみんな特に気に留めていないのがおもしろくって。本作のアニマルライドをカバにしたのも、実際のカバって割と獰猛なイメージもあるけど、キャラクターとしての「カバ」と聞いて多くの方が思い浮かぶイメージが、安心感やユーモラスというところが今作でハマったなと思い「カバヒコ」が生まれました。

――どの短編の主人公も、何かしらの関わりを持つのが「サンライズ・クリーニング」のおばあさんです。自身もカバヒコを触ってヘルニアが良くなったという彼女が本作のキーパーソンになっているかと思いますが、作品全体における彼女の役割をどのように捉えて描かれたのでしょうか。

 何しろ、カバヒコがしゃべらないし動かないので(笑)、誰かと誰かをつなぐ役割の人が必要でした。それに、彼女が営むのがクリーニング店というのも「服のリカバリー」ということで物語につながるなと思ったんです。もうひとつは公園と同じで、誰でも気軽に行けて、垣根がないという点も合致したんですね。そのお店に行けば、いつでもそのおばあちゃんがいてくれる。なので、おばあちゃんもある意味「カバヒコ」なんですよ。日常にある身近な存在として、いい感じでカバヒコとスライドさせることができたかなと思っています。

昔の自分に過剰にしがみつくよりも

――第1~3話の主人公たちが「戻りたい」「治してほしい」とカバヒコに願うのは、過去の輝いていた自分です。自分で「ここがおかしいから治してほしい」と思っているところは、実は思い違いだったり、自分が本当にリカバリーしなければいけないところに気づいていったりします。

 人って調子が悪くなると「前はあんなにできたのに」とか「昔はもっと楽しかったのに」と過去のことをよく思いがちですよね。でも、実際は意外とそうでもないことが多くて、その時はその時で苦しんでいたり、今の自分が記憶しているよりもそんなにいいことばかりじゃなかったりするんです。だけど、今が辛いと、どうしても過去がキラキラしていたように見えてしまうので、昔の自分に過剰にしがみつくよりは、次の自分に進んだ方が効率的だなということを、私も最近学びました。

――登場人物たちが抱える「自分よりも輝いている人を妬む気持ち」は、きっと多くの人が同じような感情を持っていて、そんな自分が嫌になることもあると思います。そういった「自分の中にあるドロドロとしたネガティブな感情」との向き合い方について、どのようにお考えですか。

 これはもう、生涯解決しない問題なんじゃないかと思うんです。あの手この手でそういう自分と対話したり、目をそらしたりするのが人の一生じゃないかな。でも、自分にそういうドロドロした感情があるから、他人のことも「きっとこうなんだろうな」と想像できるんですよ。優しさも想像力でしかないですし、自分の中に何もトゲがなく、つるんとキレイな状態だったら、他人の負の感情を想像することもできないですよね。

 私もよくイベントで読者の方から「自分の中にあるドロドロとした感情が苦しい時はどうしていますか」とか「どういう風に前向きになっていますか」という質問をいただくのですが、最近は無理にポジティブになろうとしないで、自分のドロドロに踏み込んでみるようにしています。「私のこのドロドロはどうなっているんだろう?」と行くとこまで行ってみる。「この感情は何かに使えるかも」と思うようにしています。私が作家として、仕事につなげられるという得な部分ではあるかもしれないですが、全てのことが「これは何かに役に立っている」と考えられたら、少し楽になるんじゃないかなと思います。

――個人的に「第3話 ちはるの耳」の中で「とてつもなく立派な想像力を、私はきっと持っている。だとしたら、それを使って思いやりや優しさをふくらませていこう。」というセリフがとても心に残っています。青山さんは「想像力」の大切さをどのように感じていらっしゃいますか?

 私は世界って「イメージ」でできていると思うんです。例えば、その人にとって想像したことは、もうその時点で半分以上は事実になっていて、実際は怒っていないかもしれないけど、自分が「この人、私のこと怒っている、嫌っている」と思ったら、その人にとっては事実になる。そういう風に自分を操ってしまうところがあるので「想像力」ってすごく怖いことでもあるんですよね。

 それに、気持ちや感情って、水の流れみたいなものなのかなと思うんです。不安は下の方に、ポジティブで楽しい感情は上の方にあって、どうしても「不安」という水が下に流れやすくて、明るい方に行くにはその水を上にあげなきゃいけないから、その分エネルギーがいりますよね。そのエネルギーをどうやって自分で発動させていくかということが、人生が変わるひとつのポイントなのかなと思います。

今の悩みは将来の伏線だから

――これまで「好書好日」でインタビューさせていただいた際、「人の縁は育てていくもの」とおっしゃっていました 。これまでも「コロナを経て『見えないつながり』を強く感じた」など、折に触れて「ご縁」や「つながり」についてお話されていますが、今は何か変化を感じていますか? 

 「見えないご縁」で言うと「あれがここでつながっていたの!」ということは年々増えています。昔の出来事の伏線回収みたいなことが本当によく起きていて「ここがああなっていたから、こうなったんだ」ということに気づいた時は、それまでの自分の人生を肯定してもらえたように感じるんです。「あの時の選択はあれでよかったんだ」と思えるのはうれしくて幸せなことなので、そのためにも、ひとつひとつのご縁や出会いをいい加減にしたくないなと思っています。

――そう思える「今」があるのは、すてきなことですね。

 そうですね。それに、今こうしている間にも私たちの知らない何かが動いていて、何年かした時に「あの時のあれがこうなっているの~?」ということが待っているかもしれない。そう考えたら、今悩んでいることやちょっと立ち行かないなと思っていることも、なんとか未来がいいように回るための「今」なのかな、という捉え方もできるのではないかと思います。

――「張り巡らされた伏線が回収される」みたいなことって、小説やドラマの中のことなのかなと思っていたのですが、意外と実人生にもあることなんですね。

 それに気づいているかいないかだけで、きっとみなさんにも私たちの脳みそが思いつく以上のすごいことがたくさん起きているんですよ。それに気づけた時に「良かったな」と自分が思える人生だといいですよね。そのためには、やっぱり目の前の、ひとつひとつのご縁を大切にすることかなと思います。

――最後に、本作を通して伝えたいことを教えてください。

 今回は、「触る」ということが書きたかったテーマのひとつでした。コロナ禍があり、私たちは長い間、人でも物でも触らないように、距離を置くことを意識して生活していることが多かったけれど、「触る」ことから受け取るエネルギーというのは本当に大きいと思っています。

 それに私は、本もカバヒコと同じ役割があると思っているんです。本もカバヒコと同じで、話さないし動かないんですけど、何かを発信して、受け止めてくれる気がするので、ぜひみなさんも本に触れてみてほしいし、そこから何かを感じてもらいたいなと思います。

音声でもインタビューを公開予定

 ポッドキャスト「好書好日 本好きの昼休み」でも、青山美智子さんの「リカバリー・カバヒコ」のインタビューをお聴きいただけます。
Apple Podcast: https://apple.co/3u7B8dt
Spotify: https://spoti.fi/3AwSzGI
YouTube: https://www.youtube.com/@koshokojitsu