1. HOME
  2. インタビュー
  3. 新作ドラマ、もっと楽しむ
  4. ドラマ「手塚治虫の戦争」主演・高良健吾さん 戦時中の少年時代の厳しさと漫画への強い熱量を感じながら

ドラマ「手塚治虫の戦争」主演・高良健吾さん 戦時中の少年時代の厳しさと漫画への強い熱量を感じながら

高良健吾さん=永里天識撮影

NHK提供

漫画の神様ではなく、泥臭く悩む「人間・手塚治虫」を演じる

――今回のドラマは『紙の砦』と『ゴッドファーザーの息子』がベースになっています。台本を読んだ印象はいかがでしたか?

 最初に台本を読んだ時、手塚先生ご自身の戦争体験の重さを強く感じました。太平洋戦争末期の厳しい言論・出版統制や空襲のなかで、のちに漫画家となる大寒鉄郎が周囲に隠れながらも命がけで大好きなマンガを描き続ける姿を描いた「紙の砦」と、戦中の旧制中学を舞台に、手塚少年が学校一の暴君とお互いが大好きな「漫画」を通じて身分を超えた奇妙な友情を育んでいく「ゴッドファーザーの息子」の2作品が合わさったことで、戦争の悲惨さだけでなく「自分の好きなもの(漫画)への向き合い方」がより深く、立体的に伝わる組み合わせの妙ができていると感じます。

 手塚先生は、漫画によって痛い思いもたくさんされています。しかし、戦時中に、自分が最も大切にする漫画を最後まで守り抜き、同時に漫画によって自身も守られた。漫画こそが手塚先生にとっての「紙の砦」であり、心の砦だったのだと痛感しました。

――ドラマでは「苦悩や葛藤」を抱えた若き日の手塚治虫さんを演じられています。どのように役を掴み、作り上げていかれたのでしょうか。

 誰もが知る「漫画の神様」に、不遇のどん底の時代があったことは意外と知られていないと思うので、その時代を演じられるのはとても光栄なことでした。手塚先生は、悩んだ時の行動や言葉が漫画に対して純粋すぎるがゆえに、世間から少しズレている部分があります。だからこそ僕は、どこか人間味のある、泥臭くちゃんと悩んでいる手塚治虫を演じたいと思っていました。変に難しくはしたくないけれど、ちゃんと悩んでいる手塚さんという部分は意識していました。

――撮影中にご自身に手塚治虫が降りてきたような感覚や、繋がれたなと思う瞬間はありましたか?

 僕自身がそう思うことはなかったですが、もしかしたら手塚先生は「この時はこう思ったんじゃないか」と感じることはたくさんありましたし、監督の演出によって「こういうことだったかも」と、画面から見えてくるものはあると思います。

 撮影現場で、当時手塚先生のアシスタントをされていた方が「漫画を描いている後ろ姿が手塚先生に見える」と言ってくださったことはうれしかったですね。

狂気ともいえる圧倒的な漫画への熱量

――ご自身が演じた中で、特に心に残っているセリフやシーンを教えてください。

 「漫画を描くことが僕の誠意なんです」という趣旨のやりとりです。当時、手塚先生はアニメ制作会社「虫プロ」の経営者でもあったため、周囲からは経営者としての発言を求められるんです。しかし本人は「僕は漫画を描くことしかできないんだよ」と真っ直ぐに返す。そういうところは経営には向いていないかもしれませんが、当時の手塚先生は現代では考えられないほどの連載を何本も並行して抱えていて、漫画への熱量がとにかく凄まじく、そのエネルギーは若手作家など周囲の漫画家に対する激しいライバル心にも表れていたと思います。

――手塚さんの人生の一端を演じてみて「描くことのしんどさ」をどんなところに感じましたか?

 そのしんどさは、とてつもないものだったと想像します。漫画を描くために、自分の中の辛い戦争の記憶をもう一度呼び起こさなければならなかったわけですから。「誰にも何も伝わっていないのではないか」という孤独を抱えながらも、手塚先生は生涯、戦争をテーマにした作品を描き続けました。それは本当にしんどかったと思います。でもきっと、それでも描かずにはいられなかったのだと思います。

手塚作品から得た「立場によって正義は変わる」ということ

――手塚作品が持つエネルギーや、現代へのメッセージをどう受け止めていますか?

 戦争は大切なものを一瞬で奪い去りますが、手塚先生の「漫画に対する熱量」だけは奪えなかった。不遇の時代も諦めず、辛い過去と向き合って再び盛り返していく。この「自分が決めたものに対する純粋な動機」こそが、ドラマの核心です。その変わらない純度に多くの人が共感し、元気づけられると思います。

――改めて手塚作品に触れて、印象が変わったことはありますか?

 手塚先生は「僕は子供のために描いていた」という言葉を残していらっしゃるのですが、また世界がきな臭い方向に向かおうとする時に、子供たち自身が「ノー」と言えるように、子供たち自身が何かを選択するために、大人たちが何かを変えていかなきゃいけない、大人たちが向き合わなきゃいけないということを言っているんですよね。

 僕たちはそういうことを意識せずに、小学校の時に『ブラック・ジャック』であったり『火の鳥』であったりを読んでいるんですよ。その時に「立場によって正義が変わる」とか「見方によって何かが変わる」といったことを、そこでもう見せられている。手塚先生がそうやって思いを込めていたものは、亡くなってもずっと残っているんですよね。先生の込めた思いが現代の僕たちにしっかりと伝わっていること、そしてこの「手塚治虫の戦争」というドラマができたことが、手塚先生の「念の強さ」を表している気がします。

――戦中・戦後の混乱期にも描くことを諦めなかった手塚さんの表現者としての力を強く感じます。手塚さんの生き方に表現者として共感する部分はありますか? 

 共感というよりも、ただ圧倒されるばかりです。「描くな」と言われても描き続け、戦後すぐに「これで漫画家になれる!」と思える純度の高さは、とても僕には真似できません。手塚先生のドキュメンタリーを見ても、ちょっと狂気を感じるほどの仕事量なんですよ。でもそれに打ちのめされるというより、僕はその圧倒的なエネルギーからパワーをもらっているような感覚です。

――普通なら壊れてしまうような環境で、なぜそこまで純度を保ち続けられたのだと思いますか?

 本当にただ「好きだ」ということなんだと思います。きっと「自分には漫画しかない」というような出会い方をしたんだと思うんですよね。だからある意味、狂っていないとできないレベルで、体が持たなかったくらいその純度が高かった。

 手塚先生は、死の間際の病室のベッドでもアイデアがありすぎて「あれもある、これもある」と言っていたそうです。『ブラック・ジャック』のネームを編集者に見せる時も「3つか4つ案があるんだけど、この中でどれにしようか」と最後までアイデアを口にしていたというのは、本当に凄まじいなと思います。

フィクションだからこそ伝えられる「真実」があると思う

――高良さんが俳優という表現者としてできること、大切にしていることは何でしょうか。

 20歳の時に俳優の井浦新さんに教えていただいた、河井寛次郎さんの『火の誓い』という本の中に「噓を借りなければあらわせない真実」といった言葉があるのですが、僕は俳優の仕事はまさにこれだと思っているんです。この仕事は、誰かが書いた言葉、作られた世界という「嘘」を借りる仕事です。でも、フィクションだからこそ伝えられる真実や、心に刺さる何かが確実にある。それこそが、俳優ができることだと信じています。

――高良さんは読書家としても知られていますが、どうやって本を選んでいますか。

 先ほどもお話しした井浦新さんの存在が、僕の読書にとても影響しています。数日前も新さんと仕事が一緒で、その後に二人で遊んでいたのですが、ふと思い返すと、僕は数年に一度、新さんにおすすめの本を聞いているんですよね。『火の誓い』も、正直当時は全然意味が分からなくて(笑)。だけど、いまだにことあるごとにたまに開いては読んでいて、20代後半くらいになって「なんか分かってきたかも」という感覚が自分の中で育っていくのが分かりました。忘れられない一冊ですね。

 星野道夫さんの『旅をする木』も新さんに教えてもらった本です。多感な時期に読んで救われていたのも、大体エッセイでした。『アンビエント・ドライヴァー』(細野晴臣)も面白かったので、ぜひ読んでみてください。

――では、高良さんが読書から得るものとは? 

 自分だけで本屋に行くと、どうしても自分の好きなラインナップばかりになってしまいますが、信頼する人におすすめされた本を受け取って読んでみることで、自分の世界が広がっていきます。 誰かが人生をかけて得た知識や知恵を、本を通じて受け取れるのは本当に贅沢なことです。言葉にしてもらうことで安心できたり、新しい視点を得て良い方向へ進めたりする。だからこそ、本を読むことは面白いのだと思います。