見習いたい100歳の達観 青来有一
今から100年前、1926年の夏は歴史的猛暑といわれたそうです。もっとも今よりも平均気温が4度ほど低かったという説もあり、夏の暑さは厳しくなっているのかもしれません。
大正15年のこの年は12月25日に大正天皇が逝去されて、26日から31日までの6日間が昭和元年でした。今年は昭和が始まり100年の年。大正15年生まれの方はちょうど100歳を迎えられます。
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歌集「宇宙卵」で詩歌文学館賞を受賞された歌人の春日真木子さんも大正15年生まれです。歌人として広く知られていて、短歌結社「水甕(みずがめ)」の代表を務めたこともあり、宮中歌会始には召人《めしうど》として、天皇陛下に招かれ和歌を詠まれた方です。「さん」づけをするのもはばかられますが、「宇宙卵」をめくっていると、同じ世代の母を思い出し、親しみを感じます。
「開戦も終戦もしかと聞きとめし耳に補聴器マスクに眼鏡」
100年を振り返ると戦争の記憶は、やはり忘れがたいのでしょう。真珠湾奇襲攻撃の第一報、敗戦を告げる玉音放送、いずれもラジオで聞き、長い時が過ぎて、今はその耳に補聴器をつけ、マスクの紐(ひも)をかけ、眼鏡のツルをかけている。
コロナ禍が終わった頃、施設にいた母に補聴器を持っていったことがありました。晩年は32キロにまでやせ、腰が曲がって身長も130センチほどになった母でしたが、耳たぶは白くふっくらとしていて「福耳だから、お金持ちになる」とふたりで大笑いしたこともありました。
あの耳で母はなにを聞いてきたのか、あらためて思いを巡らせました。
「ネパール人スジャータさんに全身を洗はれてゐるこれも経験」
この歌も施設の母の思い出につながります。ある日、肌がわずかに褐色の若い女性ヘルパーがいて、トイレの世話もしてくれるし、かいがいしく介護をしてくれているのですが、強張(こわば)った笑顔を浮かべてはいてもほとんどしゃべりません。ネパールの方だとすぐにわかったのですが、名前をたずねなかったことが、今頃、ちょっと残念に思うようになりました。
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それにしても、スジャータさんに全身を洗ってもらいながらも「これも経験」ととらえる、その熟した余裕というか、達観に感心します。ちょっと辛(つら)く、恥ずかしいことも「これも経験」と前向きにとらえることができたら、年齢を重ねても人生はまだまだ広がっていくのでしょう。
ヨーロッパも猛暑となった今年の夏、世界中がいらだっているようにも感じます。特に自国の外から訪れた人々への視線はどの国でも厳しく、ギシギシと世界が軋(きし)む音が聞こえてきそうです。
世の中が急激に変わっていく現在、わからないことは年寄りではなく、若い人に聞く時代になりました。それでも長い人生を歩んできた高齢の人々のことば――、「これも経験」と受けとめる、100歳の大らかな余裕と達観に学ぶところはまだありそうです。=朝日新聞2026年7月30日掲載