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夏休みに本を読みたい人へ 記者のおすすめ紹介

紀伊国屋書店新宿本店で開催中の夏の文庫フェアで本を選ぶ人たち

編集委員・柏崎歓のおすすめ

 はじまりは島の入り江での出会い。「どこよりも遠い場所にいる君へ」(阿部暁子、集英社オレンジ文庫)は、海と島を舞台に描かれる、夏の読書にふさわしい物語だ。ある秘密をかかえて離島の高校に進んだ和希は、島の入り江で倒れている少女を見つける。

 物語はひとつまたひとつと謎を解き明かしながら、激情のクライマックスへ、そして「どこよりも遠い場所」に生きるふたりの思いが交錯する終章へと進む。人を信じ、愛する気持ちの尊さが胸に迫る一作だ。今秋アニメ映画化予定。

 島と謎といえば「獄門島」(横溝正史、角川文庫)。昭和の名探偵、金田一耕助シリーズの名作だ。ときは終戦直後、復員船のなかで戦友が耕助に言い残す。「三人の妹たちが殺される」「おれの代わりに獄門島へ行ってくれ」。瀬戸内の島であやしく展開する悪夢の推理ゲームを、夏の夜にぜひ。

 さらにさかのぼって戦国期。「村上海賊の娘」(和田竜、新潮文庫)は、勝ち気だが情にもろい海賊の姫が、信長を敵に回して大暴れする。水しぶきと血しぶきが噴き上がるような海上バトルが、なんといっても読みどころ。第11回本屋大賞受賞作。海に行く人も島に行く人も、そしてそんな暇はないという人も、文庫を片手によい夏をお過ごしください。

文化部記者・堀越理菜のおすすめ

 「かたばみ」(木内昇、角川文庫)の主人公、悌子はやり投げ選手として活躍していたが、心ひかれながらも引退して教員生活を始めた。校庭の上空を敵機が横切る。戦中、戦後の混乱期。結婚は思い描いていたかたちではなく、息子との出会いも突然だった。それでも、彼女はたくましい。懸命に生きる家族を、入道雲のわく青い空が見守る。いま私の頭上にも広がるその空に、平和への祈りを託す。

 「月と六ペンス」(サマセット・モーム著、金原瑞人訳、新潮文庫)は、人間の愛や欲望をシニカルな視点で描いていく。恋する自分を皮肉られているようでいて、そのままならなさを肯定されているようにも思う。ロンドンでの安定した生活を捨ててパリに姿をくらませた男は、自らの欲望がいまわしく、「愛などいらん」「愛は弱さだ」と言う。夜空に浮かぶ月を見て、ふと彼の言葉を思い出し、考えを巡らせる。

 「二十億光年の孤独」(谷川俊太郎、集英社文庫)は、谷川さんのデビュー詩集だ。夏に浮かれる街の騒がしさから逃げるように、部屋に帰る。一人、表題作を声に出して読んでみる。〈万有引力とは/ひき合う孤独の力である〉。数々の詩が孤独を照らしてくれる。そして、きっとまた、誰かをいとおしく思う。

文化部記者・野波健祐のおすすめ

 「悪女について」(有吉佐和子、新潮文庫)を初めて手にとったのは文庫が出た高校生のとき。ミステリーとして読んだのだが、その手法にびっくり。戦後の混乱期から高度成長期にかけて、男たちを翻弄(ほんろう)しながら名を成した美貌(びぼう)の実業家の実像を、彼女に関わった27人の証言から浮かび上がらせる。主人公の内面は一切記されず、語り手が代わるごとに女のイメージはくるくると変わる。謎の死を遂げた女は本当に「悪女」だったのか。

 「白夜行」(東野圭吾、集英社文庫)は有吉の手法を本歌取りしたような850ページに及ぶ大作だ。1973年の迷宮入り殺人事件の被害者の息子と、並外れた美しさをもつ容疑者の娘との20年にわたる物語。事件後に別々の道を歩んだ2人の周囲では次々に剣呑(けんのん)な事件が起きる。こちらも2人の内面は一切描かれず、彼らを取り巻く人々の証言から言動が記されるのみ。哀切な道行きの果てに何があるのか。

 「文庫版 近畿地方のある場所について」(背筋、角川文庫)は近年の「モキュメンタリー」ホラーブームを代表する小説。近畿地方の●●●●●で起きた怪異が様々な文章群で記される。「単行本とは内容が異なります」というトリッキーな文庫化。ひとまず物語の語り手が違う、とだけ言っておこう。

文化部記者・平賀拓史のおすすめ

 「旅して学ぶ台湾」(赤松美和子ほか、岩波ジュニア新書)はタイトル通り、台湾各地の名所旧跡を紹介する旅行ガイド。一方で、帯文にあるように「台湾史入門の決定版」と言える通史本だ。

 本書の特色は、様々な勢力の「周縁」に置かれてきた台湾の歴史を、台湾自身の視点から描くこと。歴史学者から経済誌記者まで5人の著者陣が、台湾史の重層性を浮かび上がらせる。

 清朝や日本、国民党政府といった他者の統治の中で、台湾の人々は葛藤し、立ち位置を模索してきた。現代では独立か統一かという議論よりも、中国とうまく付き合いつつ事実上独立している現状を維持する、という考えが主流だという指摘(第5章)も。日本で台湾をめぐる問題を語る際には意識すべき視点だろう。

 特に旅行の予定がなくても、手に取る価値は大きい一冊だ。

文化部記者・興野優平のおすすめ

 「継体天皇」(河内春人、中公新書)の副題は「六世紀に現れた世襲王権の『始祖王』」。話題の皇室典範改正で、皇室の起源が気になって手に取った。だが読み始めるとそんな問題意識はどこかへ消え、ひたすらページを繰っていた。
 天皇という称号は、後の世に成立した。当時は「大王(おおきみ)」。それも継体天皇までは、複数存在した王族集団が大王を出し、近親が継承するとは決まっていなかった。

 王位の子孫継承は、なぜ継体天皇以降だったのか。乏しい史料を検証しつつ読み解いた結果が古墳などの考古学の知見と重ね合わされ、地理的条件を踏まえながら仮説が鮮やかに提示される。ミステリーの謎解きさながらの快感だ。

 ヤマト政権、地方豪族、諸外国。それぞれの姿が丹念に浮き彫りにされ、関係性が有機的に立ち上がる中で、謎は必然に変わる。

文化部記者・山本悠理のおすすめ

 この社会は「法」というルールの上に動いていると、誰もが知識としては持っている。けれども、私たちはその意味を本当に理解しているか……。「現代日本人の法意識」(瀬木比呂志、講談社現代新書)はそんな問いを突きつけてくる。

 元裁判官として、司法の内部に精通する著者の眼光は鋭い。刑事司法のみならず、「法意識」の欠落はこの国の至るところで顕在化していると警鐘を鳴らす。

 「お上が裁くことにまず間違いはないという意識と、権力、権威に逆らってみても無力であるという諦念(ていねん)とが、不分明なかたちで混在している」。その言葉は市民、そして、「良心に従ひ独立してその職権を」行うべき司法の側にも向く。

 国旗損壊罪や皇室典範などを巡る国会の動きを目の当たりにし、本書が提示する問題は、重みを増しているように思えてならない。

=朝日新聞2026年7月29日掲載