えがしらみちこさんの絵本「せんそうしない」 谷川俊太郎さんの詩と並走 絵筆に込めた平和への願い
――「ちょうちょと ちょうちょは せんそうしない」「きんぎょと きんぎょも せんそうしない」。戦争を始めるのは人間だけ、それも大人だけ――『せんそうしない』(講談社)は、谷川俊太郎さんが平和への思いをつづった言葉に、えがしらみちこさんの透明感あふれる水彩画を掛け合わせた絵本だ。2014年秋、戦後70年の企画として編集者が谷川さんに執筆を依頼したところ、ほどなくしてFAXで送られてきたのが『せんそうしない』の原稿だった。
私に声がかかったのは、2015年1月だったと思います。谷川さんが『あめふりさんぽ』をご覧になって、この人がいいんじゃないかと言ってくださったと聞いたときは、とても驚きました。ただ、谷川さんと絵本で組めるなんてすごい!という興奮と同時に、自分にできるのかなという不安もあったんです。
7月に出版することが決まっていたので、原稿をいただいてから3カ月ほどで絵を仕上げなければいけなくて。スケジュール的な厳しさと自信のなさから、最初は夫に「断ろうかと思う」と相談したんです。でも夫から「せっかくだからやってみたら」と後押しされて、思い切ってお受けすることにしました。
―― えがしらさんは同じく2015年7月の出版でもう1冊、戦争にまつわる絵本の絵を担当している。武鹿悦子さんが詩を書いた『おかあさんのいのり』(岩崎書店)だ。
詩に絵をつけるのは初めてではなかったんですが、谷川さんの原稿を初めて読んだときは、こんなに短いのかとびっくりしました。武鹿さんの詩よりもずっと短かったので、ここからどうやってイメージをふくらませていけばいいんだろうと悩んでしまったんです。でも、制作期間が短いので、そんなに悩んでもいられなくて。
谷川さんのご自宅で打ち合わせすることになったので、とりあえず自分なりに考えた絵を描いて、ラフ案として持参しました。3歳の娘も連れて伺ったんですが、谷川さんはとても穏やかで、娘も静かにしていてくれて……谷川さんが娘に『オリビア』(作:イアン・ファルコナー、訳:谷川俊太郎、あすなろ書房)のぬいぐるみをくださったのは、いい思い出です。
―― モンキチョウの舞うキャベツ畑の脇を、男の子と女の子が楽しそうに走っていく。カモメの飛ぶ海辺やひまわり畑を通って松林を抜けると、そこは海水浴場。先に来ていた友達と合流して、水着に着替えて思いきり遊ぶ。谷川さんの詩と並行して描かれるのは、子どもたちのある夏の一日だ。
どこから組み立てていったのか、当時の記憶が曖昧なんですが、男の子と女の子が待ち合わせして友達と合流するという流れは、最初から考えていました。
武鹿悦子さんとの絵本『おかあさんのいのり』を作ったとき、文章をそのまま説明するような絵を描いたら、編集者さんからアドバイスをいただいたんです。詩のような文章のときは、絵は別で並走させて、ときどき重なり合ったりしながら進めるのがいい、と。その経験もあって『せんそうしない』では、ある夏の子どもたちの日常を軸に、「ちょうちょ」「きんぎょ」「くじら」などの単語をリンクさせながら描くことにしました。
あとになって編集者さんから聞いたんですが、谷川さんの原稿には、絵のイメージも添えられていたそうです。「きんぎょと きんぎょも せんそうしない」のところに、水族館で水槽を眺める男の子と女の子といった感じで書かれていたのを、編集者さんの判断で指示のない状態で私に送ってくださったらしくて。金魚をバッグにつけたキーホルダーとして描いた私のラフを見て、谷川さんは「これいいね」と言ってくださいました。
―― 子どもは途中から合流した友達も含めて5人描かれているが、大人は一切登場しない。子どもたちは、小学4、5年生をイメージして描いたという。
大人を描かなかったのは、イノセントな感じにしたかったから。大人が入るとリアルになりすぎるので、子どもだけで自由に遊ぶ様子を描きました。子どもたちが外で何も心配せずに遊べるのは幸せなことだと思うので、そういう世界であってほしいという願いも込めています。
―― えがしらさんの水彩画は、光がにじむような透明感に満ちていて、子どもたちの日常の幸せや、そよ風のような柔らかさを感じさせる。戦争というワードから最も遠い場所にあるイメージだ。
光と影みたいに、眩いほどの幸せな日々を描くからこそ、その真逆にある戦争の怖さや残酷さが際立つのかもしれないなと、描いていて思いました。
――「ひとが ひとに ころされる しぬより さきに ころされる」の見開きだけは、戦争によって瓦礫の山と化した街並みが描かれている。このシーンについて谷川さんは当初、戦場の写真を使用したいと提案していたという。
写真だとどういう感じになるんだろうと、あまり想像がつかなかったんですが、編集者さんが絵だけで見せたいと話してくださって、ご理解いただいたようです。ただ私は普段、暗い絵を描くことがないので、戦場のシーンはかなり苦労しました。最初、真っ黒に塗りつぶした絵を見せたら、こういう逃げ方はあまり好きじゃないと谷川さんがおっしゃったらしくて。しっかり描くしかないと覚悟を決めて、戦場の写真や戦争映画なども参考にしながら、壊れたビルや瓦礫を描いていきました。
―― 男の子と女の子が真顔で正面を向いて立っている表紙も印象的だ。
編集者さんからは、ちょうちょの羽を運ぶアリの様子を描いてはどうかと提案があったんですが、どういうアングルで描けばいいのかと悩んでしまって……それよりも、男の子と女の子が二人で問いかけている方が印象的かなと思って、私から提案しました。
―― 人と人も戦争をしない世界であってほしいと願うばかりだが、今も世界各地で戦争や武力紛争が絶えない状況が続いている。
この本を描いたときよりも、今の方がリアルに戦争の気配を感じる状態で、なぜいつまで経っても戦争はなくならないんだろうと、無力感に襲われます。歴史や宗教、利害など、さまざまなことが絡んで戦争になってしまうのだと思いますが、一番力の弱い人たちが害を被るのはおかしいですよね。この絵本を手にとってくださった方々とともに、戦争のない世界になるよう祈っていけたらと思います。