1. HOME
  2. コラム
  3. カバンの隅には
  4. 入口で会う、あなた 澤田瞳子

入口で会う、あなた 澤田瞳子

 自宅マンション入口(いりぐち)に備え付けの宅配ボックスが新しくなった。以前は荷物の届いている部屋番号がモニターに掲示され、カードキーを挿入して「取り出す」を選び、ボックスから荷物を引き取るだけだった。だが今はモニターを触った段階で「こんにちは」と声が流れる。

「荷物をお預かりしているお部屋はこちらです」
「カードキーをかざしてください」
「扉をゆっくり閉めてください」
「ご利用ありがとうございました」

 我が家は仕事柄荷物が多いので、ほぼ毎日このセリフを聞く。ただ、今のボックスを初めて利用した時から、わたしにはずっと疑問がある。それは、「なぜこのボックスは利用者に御礼を言うの?」というものだ。

 自動販売機が「お買い上げありがとうございました」と言うのは、まだわかる。だがこの宅配ボックスは確かにマンションが購入し、利用料を支払っているが、荷物を預かる行為においては、一方的に私にサービスを提供するばかり。その都度、先方が利益を受け取っているわけではない。ならば御礼を言わねばならないのは私ではないのか。

 だがそんな思いとは裏腹に、宅配ボックスは当然、「ご利用ありがとうございました」と言い続ける。おかげで何となく、「いえ、こちらこそ」と言いたい気分になってきた。

 人は日々、様々なものの力や手を借りている。私なぞは根がぼんやりなので、仕事先の方々に助けてもらうことばかりだ。ゆえに、「ありがとうございます」と御礼を言わない日は皆無に等しい。ただこうも毎日、御礼を繰り返す宅配ボックスを間近にしていると、私自身は適切な時に御礼を言えているのか? ただ口癖のように乱発していないか?と我が身を顧みずにはいられない。

 そう気づかせてくれた宅配ボックスには、ますます御礼を伝えたいが、はたしてそれは伝わるのか。今日も我がマンションのボックスは荷物を預かり続け、丁寧な言葉とともに部屋に帰る私を見送ってくれる。=朝日新聞2023年12月20日掲載