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諸星大二郎「槐と優」 不気味でコミカルな伝奇的世界

『槐(かい)と優(ゆう)』 諸星大二郎〈著〉 KADOKAWA 1870円

 奇妙な読み味の作品だ。もちろんこの著者は、多くの奇妙な伝奇的世界で人々を魅了してきたマンガ家だが、近年さらに新しい領域へと足を踏み入れているようだ。

 主人公は小学生の天才少年と、その幼なじみの少女。2人の周囲で巻き起こる、科学では説明のつかない不思議な事件や怪奇現象が連作形式で描かれるのだが、展開は不気味なのに、読み味はどこかしらコミカルだ。

 怪奇現象というのは、身近な何かが不気味なものに変わっていくところに怖さがあったりするが、このマンガは逆だ。この著者が得意としていた、暗くて不気味な伝奇的世界が、この作品ではいつの間にか明るい世界になじんで、そのへんでありきたりな日常を送っていたりする。一体これは怪談なのか、それとも落語なのか、単なるホラ話なのか。その奇妙なバランスの狭間(はざま)で、時々爆笑させられてしまう。しかし描かれているものは、やはり不気味だ。一歩間違ったらその世界に呑(の)み込まれて、帰れなくなりそうな恐怖感をただよわせているはずのものが、お気楽にコメディーの世界を演じている。力の抜けた円熟の芸というべきだろうか。ふと杉浦茂や吾妻ひでおの世界を思い浮かべる絶妙な読後感だった。=朝日新聞2025年12月6日掲載