人生初の腰痛に悩んでいる。座職の小説家に腰痛はつきもの。同業者との会話にも、相当な頻度で「腰が」「椅子が」「運動を」というやりとりが混じるので、ある朝、起床と同時に腰痛に襲われた時は、「ついに来た」という感慨すら抱いた。
ただわたしの腰痛は原因が明らかで、病院通いと並行して本当はそちらこそ対処すべきなのだ。それはすなわち、わたしの執筆環境だ。
もともと執筆を生業にできると思っていなかったこともあり、実はわたしは昔から今までずっと、あり合う掘りごたつで原稿を書いている。もしやこれは姿勢に悪い?と思った時には、すでに急増した仕事に追われており、部屋を片付けて机と椅子を買う時間が取れなくなっていた。以来、十年あまり、今では掘りごたつの四囲には資料の山が生まれ、机の上も本や執筆ノートでいっぱいで、マグカップ一つ置けない有様(ありさま)だ。余談ながら本棚も場当たり的にあり合う品を使ってきた結果、完全に本があふれてしまっている。
骨盤が安定するという座椅子を使ったり、床に足置き台を据えたりもしたが、それは二次的なサポートに過ぎない。身体に合った机と椅子を使ってこなかったツケがここにきて噴出した証拠に、腰痛は仕事をした直後が一番悪化する。ならば一日も早く環境整備をと思いはするが、日々の締切(しめきり)に追われてなかなか暇がない。そしてもう一つ、今なお、わたしは自分はちゃんとした執筆環境を持つにふさわしいモノカキか?という疑問も抱えている。
無論、素晴らしい書架を備えた執筆部屋に憧れはある。ただいかにもモノカキらしい環境に身を置くことで自分が甘えてはしまわないか、原稿を書くことよりもモノカキらしく存在することに満足してしまわないかと怖くなる。そんなわけで自分にはやはり掘りごたつぐらいがふさわしいと思うのだが、心よりも先に身体の方がこれは困ると言い出した。しかたがないので、今回はそろそろ身体の声に従うとしよう。=朝日新聞2025年10月22日掲載