今年は母校が創立百五十周年を迎えるため、同窓会がらみのお仕事を様々いただいている。そんな中である組織から、「二〇二五年十一月二十九日 祝・創立百五十周年」との語句を入れたサイン本の依頼を多数いただいた。日付はもちろん、母校の百五十回目の創立記念日。担当編集者さんがサイン本の山を眺め、「これだけ繰り返し書いたら創立記念日をしっかり覚えられますね」と仰(おっしゃ)った。
「本当に。十一月二十九日……あ、イイニクの日ですね」
と、私は思わずつぶやいた。
近所の肉屋は毎年十一月下旬が大セール日で、それはこの日にひっかけたものかとやっと気づいた。
二月二十二日はニャンが三つで猫の日。十一月二十二日はイイフウフの日。数字のごろ合わせは記念日関係では頻繁だが、私に身近なのは「鳴くよ(七九四)ウグイス平安京」「白紙(八九四)に戻そう遣唐使」など歴史的事件発生年のそれだ。
ただ告白すると、数字がとにかく苦手なので、私はこういうものを使ってもなお、年がなかなか記憶できない。「えっ、歴史は得意でしょう?」と驚かれるが、昔からテストでもこの手の問題はことごとく点が悪かった。だから歴史が嫌いな方の気持ちはよく分かる。歴代徳川将軍は家宣だの家継だのと名がよく似通っているし、宝暦だの宝永だの間違えやすい年号も多い。何事にもぼんやりの私のような人間が、そんな細かい記憶力を発揮できるわけがない。
ただそれにもかかわらず歴史好きなのは、そこに起きた変化が興味深いからだ。なぜ、平安京に遷都したのか、遣唐使は廃止されたのか。それがいつの出来事かは覚えられなくとも、なぜ起きたかは知りたいと思い、かくして今の私がある。
だから十一月二十九日が母校の創立記念日というのも、私はじきに忘れてしまうだろう。ただなぜ、どのような経緯を経て母校が出来たのか、その歴史的経緯は理解している自負があるので、そこに免じて記念日のあやふやさはお許しいただきたい。=朝日新聞2025年11月19日掲載