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辻田真佐憲『「あの戦争」は何だったのか』 現在から見通す国民の物語

 「戦後80年」が喧伝(けんでん)されている。「あの戦争」が終わって80年が経ったが、共通の戦争像はみられない。その名称すらも論者によってバラバラである。「戦後」を通じ「あの戦争」をめぐる議論が多々なされてきたが、いまだ歴史とはならず、「あの戦争」を語ることはつねに自身と社会の〈いま〉を生々しく照らしだす。

 こうしたなかで提供された本書は、「あの戦争」の「起点」を問い、「日本はどこで間違ったか」をあわせ問い戦争像を紡ぎだすが、「戦後」を通じて探られてきた戦争像の相対化であり、対峙(たいじ)する営みとなっている。「司令塔の不在」をいい、軍部主導の戦争像を斥(しりぞ)ける一方、言及が少なかった「大東亜外交」に着目し、東南アジアでの動向に頁(ページ)を割くのである。

 本書の根底には、これまでの戦争像を支えてきた前提からの決定的な転回がある。歴史とは「つねに現在からの解釈」にほかならないとの認識で、この点がくり返し強調される。「戦後」の戦争像を主導してきた、事実の提示によって科学的に戦争を描くアカデミズム(=歴史学)の手法からの離陸である。これは、歴史とは「過去のわれわれの物語」=「国民の物語」であるという把握と連動する。「あの戦争」を「過去のわれわれ」が経験したものとして身近に引き寄せ、現在の「われわれ」による「解釈」を示すとの姿勢で、後半部の博物館展示への言及も同様である。著者は、当時の日本の行動をそのまま肯定することは難しいとしつつ、かつての「理念の可能性」を探り再考を促すといい、極端に偏らない「65点の歴史観」を標榜(ひょうぼう)する。

 アカデミズムが主導した戦争像を周到に目配りし咀嚼(そしゃく)したうえで、異なる認識と叙述によって示された「『戦後』後」の「あの戦争」像が、〈いま〉の読者に迎え入れられている。

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 講談社現代新書・1155円。25年7月刊。5刷10万部。担当者は「バランス良く戦争の全体像を描くことを大切にした」。「戦後80年の節目に読みたい1冊」として類書の中から抜け出し、特に30~50代の反応がいいという。=朝日新聞2025年12月6日掲載