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「平和に生きる権利は国境を超える」/「中村哲 思索と行動」 人道危機の根源を問う実践の書 朝日新聞書評から

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2024年01月06日
平和に生きる権利は国境を超える パレスチナとアフガニスタンにかかわって 著者:猫塚 義夫 清末 愛砂 出版社:あけび書房 ジャンル:社会・文化

ISBN: 9784871542432
発売⽇: 2023/11/27
サイズ: 19cm/180p

中村哲 思索と行動 「ペシャワール会報」現地活動報告集成 上 1983〜2001 著者:中村 哲 出版社:ペシャワール会 ジャンル:健康・家庭医学

ISBN: 9784907902346
発売⽇: 2023/06/15
サイズ: 22cm/430p

「平和に生きる権利は国境を超える」 猫塚義夫、清水愛砂/「中村哲 思索と行動」 [著]中村哲

 ロシアのウクライナ侵攻。イスラム組織ハマスのイスラエルへのテロ攻撃。「テロ掃討」を掲げ、イスラエルがガザ全域で展開してきた軍事作戦。軍事力が平和を壊し、市民の命を奪い続けている。世界の関心が大規模な軍事衝突に向けられる一方で、アフガニスタンなど多くの人道危機は忘れられている。
 北海道パレスチナ医療奉仕団の団員としてアフガニスタンやパレスチナで人道支援を続けてきた猫塚義夫と清末愛砂による『平和に生きる権利は国境を超える』は、平和が切に求められる時代の導きの書だ。「国際秩序」や「法の支配」。崇高だが抽象的な平和の概念を掲げ、それを守るための軍事力を行使していく先に平和はあるのか。本書はこの立場を拒否し、日本国憲法前文で普遍的な理念としてうたわれている「平和的生存権」の充足にこそ平和はあるとする。あらゆる人間は、恐怖と欠乏を免れて尊厳ある生を追求する権利があるが、これは軍事力では実現できない。それどころか、アフガニスタンやパレスチナでは「テロからの防衛」「合法的な自衛」を掲げた軍事力が市民を無差別に巻き込み、命や生活を奪ってきた。さらに、平和的生存権を脅かすのはむきだしの軍事力だけではない。イスラエルがいかに合法性を主張しても、パレスチナに強いてきた占領状態が尊厳ある生を奪ってきたことは明らかで、その終焉(しゅうえん)の先にしか平和はありえない。
 奉仕団の発足を後押ししたのが、パキスタンとアフガニスタンで医療や人道支援に尽力した中村哲医師の「動かないことには始まりませんよ」という言葉だった。『中村哲 思索と行動』(上)は1978年にパキスタンを訪れ、「観念的な批評をはるかに超え」た現地の実情を目撃して以来、自分に何ができるかを自問し、行動した中村の思索と活動の詳細な記録だ。2019年の中村の死は大きく報じられ、死を悼む多くの声が寄せられたが、中村が生涯をかけたアフガニスタンの人道状況への関心が高まったとはいえない。現在ガザに寄せられている同情や不正義への怒りも、大規模な軍事行動がやめば雲散霧消してしまうかもしれない。
 「存在すること、是(これ)すなわち抵抗なり」の理念に共鳴し、厳しい封鎖下にあるガザ行きを続けた猫塚と清末。支援団体すら去っていったアフガニスタンの地に、「暗ければこそ灯(あか)りの価値がある」と信じてとどまり、命を救い続けた中村。あらゆる人々の尊厳ある生を諦めず、抵抗を模索する人々の灯火となる2冊だ。
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ねこづか・よしお 医師▽きよすえ・あいさ 1972年生まれ。憲法研究者▽なかむら・てつ 1946~2019。医師。ペシャワール会現地代表などを歴任。著書に『医者 井戸を掘る』など。本書の下巻は今春刊行予定。