ISBN: 9784087718560
発売⽇: 2023/12/05
サイズ: 20cm/341p
「続きと始まり」 [著]柴崎友香
視点人物のひとりが抱く〈なんとなく世の中は少しずつよくなっていくのだと思っていた〉という感覚が、自分にもずっとうっすらとあった。〈より正確に言えば、自分がなにもしなくても、なにも言わなくても、よくなっていくと思っていた〉し、自分以外の〈誰かがちゃんとやってくれると思っていた〉。そんな都合のいい話はないと、気付き始めたのは最近だ。
四十代後半の写真家である柳本れいは、阪神淡路大震災もアメリカの同時多発テロも東日本大震災も知っている。けれど〈それで何かが変わったことはない〉という自覚がある。〈自分はいつも見ているだけだ。画面越しに、遠く離れた安全な部屋の中で、「情報」を見ているだけ、時間が過ぎていくだけだ〉と。
夫の実家のある滋賀県で七歳と三歳の子を育てながらパート勤めをしている石原優子と、高校卒業以来飲食業界を渡り歩き、五歳年上の妻との間に四歳になる娘をもつ小坂圭太郎。東京に暮らすれいは独身で、子どももいない。そんな三人の二〇二〇年三月から二年間の日々が綴(つづ)られていく。
後にコロナ禍と呼ばれる、突然訪れた「非日常」が「日常」となった毎日のなかで、彼らはふと「あのとき」を思いだす。震災や大きな事件だけでなく、長い間、頭の隅に引っかかっていた物事を振り返る。本人にとっても、周囲から見ても大したことではない。トラウマや挫折とも言えない。けれど確かに心に刺さっている、小さな棘(とげ)だ。
話の通じない親の話がある。中学生の頃に寄せられた好意に悔しさを抱いた話がある。巧(うま)く言語化できない気持ちについて、巧くまとめられないまま話す場面がある。自分に刺さっている棘について、考えずにはいられなくなる。抱えている問題の、正解のない答え合わせをしたくなる。
感涙も震撼(しんかん)も驚愕(きょうがく)も興奮もしないが、とても大切なものを読んだという感慨が残る。小説っていいな。
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しばさき・ともか 1973年生まれ。2014年『春の庭』で芥川賞。著書に『その街の今は』『寝ても覚めても』など。