ISBN: 9784120057243
発売⽇: 2023/12/20
サイズ: 20cm/381p
ISBN: 9784910315317
発売⽇: 2023/11/28
サイズ: 20cm/349p
「評伝クリスチャン・ラッセン」 [著]原田裕規/「とるにたらない美術」 [著]原田裕規
ラッセン、と切り出して今どれだけの読者が具体的なイメージを持つのだろう。イルカたちが楽園のような海で自由に泳ぐ様を描いた画家、と書いても知らない人にはわからないかもしれない。けれども、ひと頃の日本でラッセンの絵が一世を風靡(ふうび)したのは紛れもない事実だ。
だからこそ意外に思う人がいるかもしれないけれども、日本の美術界でラッセンは長く不評を買ってきた。しかも専門的な美術関係者ほどそうだった。一時、問題視された強引とも受け取られかねないセールス手法に限らない。絵の内容そのものがはなから評価に値しないというのだ。
なぜ?と感じる人もいるだろう。多くの人が見てハッピーになる絵のどこが悪いのか、と。だが、美術界には「高級」になるほど単に一般「大衆」が喜ぶだけの代物であってはならないという不文律がある。だから美術界は鼻持ちならない、と非難されても仕方がないところだが、それだけでは両者の溝は永遠に埋まらない。そんな解決の難しい分断の渦中に飛び込んできたのが、同一の著者による評伝と評論だ。
著者の活動領域は長くラッセンを等閑視してきた現代美術の側に属する。つまりこの二冊はラッセンを「見下す」側から放たれたラッセンへの全面擁護のための逆襲的な二冊なのだ。そのために著者はラッセンにアンディ・ウォーホル以来の「表面的」であるほど高級芸術として純化されるという逆説を置く(事実、ラッセンは初期の仕事でウォーホルを参照していた)。
しかしそれだけではない。ラッセンの楽天的な世界の奥底にある「とるにたらない」はずなのに無視できない、なぜだか頭から離れない、よく見ると「不穏」でさえある特性に着目する。そしてそれを通じ評伝では「平成」(画家ラッセンの日本デビューは平成元年)という時代の日本の自画像を描き出し、評論では「心霊写真」や「CG」そして「AI」の問題にまで拡張して美術そのものの「死角」を浮かび上がらせていく。
特筆すべきは、著者が感じた不穏さが予言であったかのように、ラッセンの心の「故郷」と言えるハワイのラハイナが昨年、大風で広がった山火事で壊滅的に焼け落ちてしまったことだ。著者は「評伝」の末尾でこのことに触れ、ラッセンの絵が新しい世代(冒頭で触れたラッセンを知らない世代?)によって、かつてとは根本的に性質の異なる「叶(かな)えられなかった夢」「祈り」の絵として見られるようになる余地について触れて評伝を終える。
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はらだ・ゆうき 1989年生まれ、アーティスト。とるにたらないにもかかわらず、社会の中で広く認知されている視覚文化を写真、映像、執筆などで表現。KAAT神奈川芸術劇場、京都芸術センターなどで個展。