「東京都同情塔」書評 驚異のバランスで立つ言葉の塔
ISBN: 9784103555117
発売⽇: 2024/01/17
サイズ: 20cm/143p
「東京都同情塔」 [著]九段理江
優れた小説は未来を幻視する。この才気溢(あふ)れる芥川賞受賞作もそのひとつ。だが特筆すべき点は、未来を現在の時間の先ではなく、現実の場所の中に二重写しにして見せていることだ。
トーキョートドージョートー。リズミカルな語感が楽しい表題の塔は、作中の新宿御苑にそびえ立つ美しい巨大刑務所だ。犯罪者は不幸な境遇の「同情されるべき人々」と再定義され、そこで満ち足りた生活を送る。特権や不寛容が糾弾され、多様性の受容と平等主義が暴走する。言葉狩りや検閲が加速する一方で、生成AIの無機質な文章やカタカナ語の増殖が言葉の意味を上滑りさせていく。言葉と人間の関係性が決定的に変容しつつある、そんな私たちの未来の景色を、ザハ・ハディド設計の国立競技場が建つありえたかもしれない東京に描いていく。
本作はまた、一人の女の自己形成の物語でもある。塔の設計を手がける37歳の成功した女性建築家・牧名と22歳の類いまれな美青年・拓人の交流が物語の主軸をなすが、痛々しいほどの自信に満ちた牧名のモノローグは、言葉を饒舌(じょうぜつ)にまき散らすほど脆(もろ)さや孤独が透けて出る。2人はありえたかもしれない恋人関係、母子関係を変奏しながら、男根性から解き放たれた母なる塔で結ばれていく。だが不毛の器であるその美が地上に映すのは、慈愛ではなく破壊のビジョンだ。
理知的なユーモア、壮大なスケール、あらゆるアクチュアルな課題を盛り込んでなお作品として成立している本作じたい、驚異のバランスで立つ言葉の塔のよう。同情塔は「みずから築いたものの中に、他人が出たり入ったりする感覚が、最高に気持ち良い」という牧名を裏切るユートピアの牢獄だが、本作は読者が出入りできる場たらんとする意志に満ちている。再生と破壊、革新と揺り戻しで振動する世界に、私たちが言葉でどんな場を築いていくのかを、リリカルに切実に問う必読作だ。
◇
くだん・りえ 1990年生まれ。昨年、「しをかくうま」で野間文芸新人賞。著書に『Schoolgirl』。