中森明菜という歌手の名を聞き、どんな曲を思い浮かべるだろうか。「スローモーション」「少女A」、2年連続で日本レコード大賞に輝いた「ミ・アモーレ」「DESIRE―情熱―」――。キャリア最初の4年ほどに集中するこれら有名曲だけでなく、91年までの作品を総覧しミュージシャンとしての全体像を描く「『中森明菜の音楽』論」を出した。
抜群の歌唱力で、瞬く間に歌謡界の頂点に君臨したことは周知のとおり。本書では、85年の曲「SOLITUDE」を出発点にした、都会に住む自立した女性の疲労感を歌う作品群を「アーバン歌謡」と呼んで注目する。最近はやりの「シティポップ」と一線を画す、「酒とタバコとセックスの香りにうっすらと包まれている」音楽。それはやがて「踊れる」「盛り上がる」といった大衆音楽の機能性を離れて、純粋な美しさを追求した「水に挿した花」のような楽曲につながっていく。
独自の進化を遂げた音世界を支えた一因に「憑依(ひょうい)力」があるという。「音の全体設計を自分でして、そこに自分を没入させる。一種の演技派ですが、あらゆる意味で稀有(けう)な存在だと思います」
大阪府生まれ。小学校の時ギターを弾きはじめ、高校と大学のオーケストラでトランペットを吹いた。広告会社勤務の傍ら、2001年から野球雑誌に野球ゆかりの音楽について連載。15年に著書『1979年の歌謡曲』を出して本格的な音楽評論に踏み込んだ。21年、55歳で早期退職して執筆活動に専念した。
評論時に心がけるのは「音楽の新しい楽しみ方を広げる」こと。「評論家は批判してなんぼのイメージですが、ほめる仕事でいい。でもみんながいいと思うことに『ですよね』じゃなく、みんなが気づかない『ここもいいでしょ』を伝えたい」(文・写真 星野学)=朝日新聞2024年3月2日掲載