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本を読む、夢を追って努力する、人生おもしろくなる! 小説家・今村翔吾さん@山口市立大殿中学校

生徒たちと対面し、授業を始める今村翔吾さん=山口市立大殿中学校、御堂義乗氏撮影

若ければ若いほど、読書はおトク

 「『若者の本離れ』とかよく言われへん? 実際どう? 『自分は読んでる』っていう人は?」

 その問いに数人が手をあげるのを見て、作家の今村翔吾さんはこう続ける。「実はこの10年、若者の読書離れなんて起きてないんです」

 学校の朝読書などの取り組みもあり、実際は生徒たちの読書率は親世代よりも上がっているというデータがある。カラクリは「若者」という表現。実は「19歳と23歳、ピンポイントで本を読まなくなる」と今村さん。就職やアルバイトで収入を得て遊びも忙しくなり、本を読む時間がなくなるからと推察。今村さんは「本との出会いはそれぞれのタイミングがあるので、別に若いときに読まへんでも構わんと思う。ただ、本を読むことはおトクなことが多い。特に若ければ若いほど」

 くしくもこの授業の前日、芥川賞と直木賞の受賞作品が発表され、生成AIをテーマにした『東京都同情塔』で芥川賞を受賞した九段理恵さんが、執筆に一部、AIを活用したことを明らかにし話題に。「これからどんどんAIが普及する中で、これまで以上に『感じる心』が貴重な時代になっていくと思う」と今村さん。
 「感じる心」を磨くために、映画やテレビ、YouTubeを見るのもいい。しかし「どれも『ながら見』ができるけど、本って『ながら読み』がムズくない?」と今村さん。時短だタイパだと言われる中、本を読む時間は本だけに向き合うという点でとてもぜいたく。その上、本は好きな箇所や気になる部分を何度も読み返したり、一気に読破したり。自分のタイミングや感じ方でコントロールできる。

 「本と向き合い対話することが考える力や感じる心を育む。そういう効果がある。これも本のおトクなことのひとつやと思います」

作家が書いた文章は、さまざまな人の手を経て本になり、読者に届く。そのプロセスを解説する今村翔吾さん=山口市立大殿中学校、御堂義乗氏撮影

 休憩を挟んだ後編、今村さんは生徒たちにこう問いかけた。

 「将来なりたいもんや夢はある?」

 多くの生徒たちはまだ先の道が見えていない様子。今村さんは「僕がなぜ作家になったか、ということがみんなにとってヒントになれば」と前置きし、自身の経験を語り始めた。

 小学5年の夏休み、町の古本屋の軒先で売られていた池波正太郎の『真田太平記』の全16巻のセットを母親にねだった。あっという間に読破し、その後も年間100冊以上のペースで読みあさり、中2のときにはほとんどの歴史小説を読み切ってしまう。「読むもんないから自分で書こうかな。俺が続きを書くんやったらどんな感じになるんやろ?」。高校の卒業アルバムには「将来の夢、小説家」としたためた。

 しかし、一作も手がけることなく時は流れる。

 「本に作家のプロフィルって載ってるやん? 作品数減らしてまで入れられる経歴がある。『ダンスインストラクターを経て』というくだり。絶対削ってくれへん」と笑いながら、「僕は30歳まで父親が経営するダンススクールで、小さい子から君らぐらいの中高生までダンスを教えていたんです」。

 転機が訪れたのは10年前。教え子の女子高生が引き起こした家出騒動がきっかけだった。母親から相談された今村さんが家出先まで車で迎えに行き、自宅まで送り届ける。それが何度も繰り返された。

 5回目の家出。地元から2時間半もの距離を戻る道中、今村さんはこう切り出した。「なんかやりたいことあるんやないの?」。すると、いつもは何を聞いても答えなかった少女がポツポツと語り始めた。小学生のときに亡くなった父が自分の作ったクッキーをおいしいと言ってくれた、だからパティシエになりたい。母親も専門学校に行っていいと言ってくれている。でも、自分たちきょうだいを育てるために仕事を掛け持ちし、過労で倒れてしまったこともある。「別に夢って言えるほどのもんじゃないし」。そんな投げやりな言葉に今村さんは熱血教師のように、こう告げたという。「お前逃げてるだけやん。夢、あきらめんなよ」

 学園ドラマなら感動のシーン。しかし現実は違った。少女は冷たい目で今村さんを一瞥(いちべつ)し、こう言い放った。

 「翔吾くんこそ夢あきらめてるくせに」

 今村さんはそのひとことに固まってしまう。図星だったからだ。

 「もし40歳で書いていなくても50歳でデビューした葉室麟先生がいるからOK。50歳で書いてへんでも60歳で小説家になって有名になった隆慶一郎先生がおるからセーフ。60歳で書かなくても……。多分そうやって言い訳しながら、いつまでたっても書かへん先の人生が見えてしまった」

 数日後、父親に「小説家を目指すので仕事を辞めたい」と告げる。「この時点でオレはまだ1回も小説を書いたことがなかった。無謀やろ?」

 しかし、そこからの今村さんはそれまでの時間を取り戻すように次々と新作を手がけ、文芸界に旋風を巻き起こす。作家デビューから7年、すでに40作以上を上梓(じょうし)する異例のスピードだ。その原動力は、ダンススクールの生徒たちが開いてくれたお別れ会のとき、彼らに告げた言葉にあった。「最後に君たちに教えられることがあるとすれば、30歳になってからでも夢はかなう、ということ。オレの残りの人生をかけて証明する」。そしてこう宣言した。

 「直木賞、取るわ」

 直木賞受賞の瞬間、テレビには涙を流す今村さんの姿が流れたが、うれし涙ではなかったという。「教え子たちが10代、20代のうちに約束を果たせた。ホッとしたら思わずグッと込み上げてきた」

 30歳で一歩を踏み出し自らの夢を実現した今村さんは、こう語る。「夢は必ずしもかなうものではない。そう言う大人は多いし、きっとみんなも薄々わかっていると思う。でも」

 こう言葉をつなぐ。

 「だからこそオレは言い続けたい。もし君らに目指している夢があるんやったら、それはきっとかなう、と。夢は変わってもいい。夢があること、夢を追って努力し、人と出会い縁を結んでいくことは、人生をおもしろくしてくれるから」

授業を終えた今村翔吾さんに花束と拍手をおくる生徒たち=山口市立大殿中学校、御堂義乗氏撮影

生徒たちの感想は…

伊藤雅斗さん「夢は、そのきっかけが訪れたときに気づき、つかみ、その上で努力を積み重ねてかなえていく…という話がとても印象的でした」

細川将仁さん「今村さんが子どものときに『真田太平記』に引かれたように、僕も書店で一目ぼれしたのが今村さんの作品でした。夢はあきらめなければかなう。そのことを忘れずに努力し経験をみがいていきたい」