揺れ動く気持ちを表す、言葉選びの妙(井上將利)
3月は今年発売となったばかりのホットなタイトルをご紹介! 今回は日暮くれさんの「愛だなんて言わないから」(大洋図書)について書かせて頂きます。本作がデビューコミックスとなる作家さんですが、作画はもちろんのこと言葉選びの多彩さがきわだっていてとっても深みのある作風が印象的でした!
【あらすじ】
…会いたくはなかった
藤次(とうじ)は恋人の聖人(きよと)と順風満帆な日々を送っていた。
そんなある日、祖母の葬式で高校の親友・八千代と再会する。
顔を合わせるのは八千代の結婚式以来、二年ぶりだった。
高校時代のある出来事をきっかけに、疎遠になっていったふたり。
あの時、気づけなかった、気づいた時には遅かった、苦い記憶。
見切りをつけたはずの思いは、再会を機に渦巻いて… 「愛だなんて言わないから」作品紹介より
親友である藤次と八千代、その繋がりの強さは客観的にみれば明らかで2人の抱く想いが友情の域を超えていることも読者にははっきりと伝わっていきます。それゆえに当人たちがその想いに気づけない、そして本心と向き合う怖さに葛藤する様が読んでいて苦しくなるくらい心を掴まれます。目の前にいて、心の中に常に互いの存在があるのに、それぞれが別々の道を歩んでいく。すごくもどかしいけれど、その過程がなければたどり着けなかった結末に思わず涙腺が緩みました……。
そして本作でとても重要な存在だったと感じたのは藤次と八千代を支えた周囲の人間たちでした。特に聖人は自分の恋愛感情と葛藤しながらも藤次を導き、彼の良き理解者として物語に欠かせないキャラクターだったと思います。また八千代の妻である皐月さんの「思い出ってね、思い出にしたい、って考えてるうちは過去にはならないんだよ」という言葉もとても印象的で八千代自身にも深く刺さったように感じます。
とても難しい立ち位置の2人ですが、彼らが芯の強い大人であったことが藤次と八千代の背中を押したのではないでしょうか。
この物語では本当にたくさんの言葉が綴られていて、人の心をこんなにもいろんな表現で語ることができるのかと、とても考えさせられました。終盤、公園で藤次が想いを吐き出すように八千代と語り合うシーンはまさにこの作品の集大成というか、最大の見どころです。純粋な想いを捨てることなく抱き続けた2人の迷いも不安も葛藤も全部受け止めて読んで頂ければ幸いです!
大人の恋なのに炸裂する初々しさにキュン♡(原周平)
今回は近刊のご紹介ということで、年明け早々にキュンキュンさせてくれたこちらの作品について語りたいと思います♪
浅井西さん「恋なんかするはずもない」(海王社)。
ただ静かに日々を過ごせればそれでいいと考えていて、イレギュラーなことが起こることを嫌う経理部の谷矢(たにや)。そんな彼の心に最近波風を立ててくるのが、毎月書類ミスをする営業部主任の色部(いろべ)。同期の頼みで参加した飲み会で居合わせた色部に、帰り道で唐突にキスをされて……。
ただの事故だとなかったことにしようとする谷矢に対して、「あの夜おまえに惹かれてキスしたくなったのは俺の本当の気持ち」とまっすぐに伝えてくる色部。忘れてしまいたかったはずなのに、あのキスが嫌ではなく、色部が立てる穏やかな波に心地良さを感じた谷矢も色部の想いを受け入れ、初めての恋がスタートします。
自然と2人が近付くまでテンポ良く進んでいきますが、恋を知ってしまった谷矢のかわいいのなんの!
帰ろうとする色部を上目遣いで引き止めたり、ベッドに残る色部のにおいを嗅いじゃったり、電話で声を聞いて嬉しそうにはにかんだり、そしてキスの回数を数えていたり……。自分の変化に自身も驚きを隠せないほどの、真面目なカタブツくんが見せてくれるギャップに萌えます。
谷矢がこれまで人と壁を作っていたことには理由もあって、大学の同期・瀬戸に抱いていた気持ちがバレてしまったことがトラウマになっていたのでした。瀬戸との偶然の再会から一悶着あったりはしますが、色部に対する気持ちがより強くなったのでよかったです……!
色部のキャラクターもとっても好きです。いつも明るくめちゃくちゃコミュ力も高い、けれどチャラいわけではないところが好感度◎! 谷矢が作り上げてきた心の壁を軽々と越えてきてしまうのは、色部も本当にまっすぐに谷矢と向き合って、好きになっているからなんだろうなと思えます。正統派イケメンって感じではないんですが、興奮しているときの顔とかも超セクシーで、色気たっぷりな大人な感じが素敵ですね。実は色部ももともと谷矢のことを……的な展開が見られたのもホクホクでした♡
単行本の描き下ろしは必見です! もう2人のラブラブ感がただただ最高! 谷矢もこんな表情を見せてくれるんだ……と、しみじみ堪能しちゃいました。恋をすると、いつもの見慣れた風景が色づいて見えて、ひとり繰り返す毎日にはなかったさびしさを感じ、ずっとこの時間が続いてほしいと思う――。リーマン同士の大人の恋愛模様ですが、そんな初々しさもあって、気持ちも若返ったような気がします!