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限界点と転換点 柴崎友香

 この一年ほど、仕事がこれまでに経験したことがない忙しさで、部屋を片づけられなかった。もともと片づけるのは苦手で、床にも机にもいろんなものが積み上がっているのが標準仕様なのだが、その積み上がりが増えに増えた。積んだ上に置き、あっちに載せこっちに載せ、動ける空間がすごく少なくなった。

 見た目の悪さや探し物の大変さもさることながら、ちょっと移動しただけで身体のどこかが当たって物が落ち、踏んで滑ったりしていつか怪我(けが)をしそうである。やっと仕事が落ち着いてきたので、さあ片づけよう、と思ったのだが、朝から積んだ山に対峙(たいじ)しても全然進まない。

 片づけるのが苦手とはいえ、ここまでの事態は初めてだと思って部屋を眺める。ああ、限界点を超えると対処するのは大変っていうことか、とわかった。今までは片づかないなりに、どこかで戻すことができていたのだ。心身の不調もある程度までなら少し休めば戻ったりするが、大きく崩してしまうと回復するまでがほんとうに大変になると聞く。なにごとも対処ができるラインを超えてしまうと、急激に困難が増してしまうのだなあ、と手のつけようがないほど物で埋まった部屋で茫然(ぼうぜん)となってしまった。

 とはいえ、少しずつでも部屋の空間を増やしていかないと、大げさでなく生活がままならない。ひと山片づけようとしては、崩して広がってさらに散らかったようにしか見えない大量の本や紙につらくなりつつ、地道に進んでいくしかない。

 長らく置いてある椅子があった。気に入ったデザインだが座りにくい。洋服置き場にしかならないのだが捨てるにはしのびなかった。先日、若い友人がもらってくれた。運び出して部屋に戻ると、ものすごくすっきりしている! 陰になっていた引き出しも開くし、一気に視界が開けた感じ。急に転換できた気がしても、散らかる速度とは違ってどんどん片づいてくれるわけではないのだが、なんとか光は見えた。=朝日新聞2024年4月3日掲載