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「科学ジャーナルの成立」書評 社会の影響受け 自律的に発展

評者: 隠岐さや香 / 朝⽇新聞掲載:2024年04月06日
科学ジャーナルの成立 著者:アレックス・シザール 出版社:名古屋大学出版会 ジャンル:ジャンル別

ISBN: 9784815811457
発売⽇: 2024/03/04
サイズ: 15.7×21.7cm/376p

「科学ジャーナルの成立」 [著]アレックス・シザール

 科学の研究者は主に「論文の著者であること」により評価される。新しい発見をして、「ネイチャー」や「サイエンス」誌などの有名な科学ジャーナルに論文を多く載せることが優秀さの指標とされる。
 現代では研究者の大半がこうした仕組みを自明視し、政治的利害や経済活動とは一線を画した公正な科学研究のために不可欠とみなしている。
 しかし本書はこの科学ジャーナルの仕組みが、実は過去の政治や経済から大いに影響を受けつつ今の形になったと主張する。その上で、現在の仕組みも移ろいゆくものであり、社会の全ての人々がその変化の担い手であると示唆する。
 近代自然科学が勃興して間もない18世紀頃(ごろ)だと、学協会につどう少数のエリート学者が、裁判所のように研究の価値を判断すればよいと考えられていた。そのため発表形式は手紙や匿名文書など多様であった。
 19世紀になると民主化、自由化が進み、そうしたやり方が貴族的と断罪されたのみならず、逆の極端な現象も起きた。政治ジャーナリズムの発展と共に科学研究も新聞で報道され、記者と読者により自由に批評される事態となったのである。
 そこで学協会は対抗策を取った。新たな速報誌を発刊して、世論の要望に応えつつ専門的判断を発信したのである。
 本書は基本的にイギリスとフランスの事例を詳しく扱う。アカデミー内部の論争から雑誌編集者の郵便事情に至るまで、その歴史的細部の豊富さゆえにやや読みづらく感じる読者もいるだろう。
 だが、いわばその混沌(こんとん)とした過去の記述ゆえに、社会の政治対立や分断に巻き込まれながら、それでも科学はある種の自律性と共に発展を続けてきた(続けようとした)ことにも気づかされる。
 メディア環境が激変し、政治と科学の分断が懸念される今、過度に悲観的にも楽観的にもならないために読まれるべき書である。
    ◇
Alex Csiszar ハーバード大科学史科教授。本書が初の単著。