「パンクの系譜学」書評 「反逆のリズム」を根源から追う
ISBN: 9784863856103
発売⽇: 2024/03/12
サイズ: 3.7×21.7cm/384p
「パンクの系譜学」 [著]川上幸之介
これだ、と思った。1970年代後半、中学生の時だ。ラジオで耳にしたのがセックス・ピストルズの「アナーキー・イン・ザ・UK」。意味深なバンド名だけでも十分に震えたが、スリーコードで突っ走る暴力的なビートにブッ飛んだ。〈道行く人をぶっ潰したい〉といった英語歌詞を聞き取るほどの力量はなかった。だが、破壊衝動のようなものが全身を貫いた。私にとってパンクは〝宣戦布告〟の号砲だった。ストラングラーズやザ・クラッシュのレコードを大音量で鳴らし、親に怒鳴られた。パンクと出会った同級生はジーンズを破いた。理由なく教師に盾突いたり、権威や権力を敵視するようになったりする者もいたはずだ。パンクは逸脱と反抗を世界中の若者に促した。
パンクとは実践だ――本書を読み進めながら、あらためて思い知った。反逆のリズムの源泉を、著者はアナーキズムの始祖・プルードンやバクーニンに求めている。共産主義からも見放された「ルンペンプロレタリアート」こそが革命の主役だとしたアナーキズムの思想は時を経て、音楽での変革を志す者や、取り澄ましたポップスに飽き足らない若者の心情と交差した。侮蔑語でしかなかったパンクは、音楽ジャンルとして昇華する。
シチュアシオニスト(状況主義者)など反資本主義運動の勃興、前衛芸術史とも重ねながら、本書はタイトル通り、パンクの誕生、進化と派生を丹念に追う。ピストルズ以降のパンクシーンも克明に描かれる。人種差別への抵抗、パンク界隈(かいわい)における極右思想やマッチョイズムの胚胎(はいたい)、女性や性的少数者と結びついた新たな展開にも触れながら、インドネシアやミャンマーにおける抵抗としてのパンクにも言及した。パンクは単なる音源ではなかった。やり場のない怒りと疎外をドライブとした「生き方」でもある。唾(つば)を吐き中指を立てるイメージだけではない、パンクの根源が見えてくる。
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かわかみ・こうのすけ 1979年生まれ。倉敷芸術科学大准教授。専門は現代美術、ポピュラー音楽。