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「大楽必易」書評 西洋的手法用いる創作者は必読

評者: 望月京 / 朝⽇新聞掲載:2024年04月13日
大楽必易:わたくしの伊福部昭伝 著者:片山 杜秀 出版社:新潮社 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784103397120
発売⽇: 2024/01/31
サイズ: 19.1×2cm/368p

「大楽必易」 [著]片山杜秀

 「耳について離れなくなる音楽」。幼児期に映画館で見た「ゴジラ」シリーズ以来、著者の最も好きな作曲家だという伊福部昭(1914~2006)。半世紀以上もの筋金入りのファンである著者と作曲家の20年以上にわたる対話の記録が本書のベースである。
 「伊福部信者」を自認する著者の思い入れあふれる筆致は、ときに批評精神を欠き、作品や作曲家に関する話がどこまで本人から聞いたものか、あるいは著者の想像か、想像ならそれがどの程度妥当なのかを曖昧(あいまい)にする。
 伊福部の音楽論の、感情や感覚に基づく独断的な部分にも、疑問や異論を挟むことなく「名言」と断定するなど、特に序盤の無邪気な心酔ぶりには戸惑いすら覚える。
 しかし、博覧強記と愛着ゆえの過剰推理にも思える虚構的ロマンが、いつしか独特の魅力を伴う壮大な物語として胸に迫ってくるのも事実だ。
 伊福部家の系図から三男昭をスサノオに見立てた日本神話的読み換え。北海道に生まれ育ち、ロシアと中国の楽器や音楽、アイヌの異文化に日常的に接した環境が〝大陸的作風〟に与えた影響。日本の楽壇には「長く無視」されながらも、外国の要人音楽家たちに早くから認められ、農学部卒業後、林務官を務めながら作曲家としてのキャリアを築くことができた巡り合わせと不屈の精神。
 本書が作曲家の評伝にとどまらず、歴史的、地理的、文化的、人生論的側面からさまざまな読み方ができるのは、著者と伊福部に共通する、複数の専門分野や文化に通じる複眼的視野の広がりや、置かれた環境から「当たって砕けろ」で好きなものへの道を自ら拓(ひら)いてきた資質ゆえだろう。
 一般にわかりやすくするための方便か(これも2人の共通点)、前半は首肯し難い言説が際立つ伊福部の音楽論も、後半には座右の銘の「大楽必易(だいがくひつい)」含め、西洋的表現技法を学び用いる音楽創作者にとって必読の示唆に富む話が満載だ。
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かたやま・もりひで 1963年生まれ。政治思想史研究者、音楽評論家。慶応大教授。著書に『音盤博物誌』など。