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垣内磯子さん翻訳の絵本「かっても まけても いいんだよ」 うまくいかなくても、すねたりあきらめたりしないで

『かっても まけても いいんだよ』(主婦の友社)より

ネガティブな感情と上手に向き合うための絵本

――フランスの乳幼児セラピストが考案した、ソーシャルスキルを学ぶ絵本。子どもが何かうまくいかないとき、不機嫌になってしまうことはよくあること。そんなとき、子ども自身が感情をコントロールしどう乗り越えていくかを、主人公であるユニコーンの子ども、ガストンと一緒に探る物語だ。ガストンの絵本シリーズは、シリーズ世界累計210万部、日本では2022年に本書『かっても まけても いいんだよ』(主婦の友社)が発売され、わずか2年で13刷、91,500部発行。子育て中のママを中心にSNSでも話題となっている。

 こんなに人気が出るとは夢にも思わなかったんですよ。2019年に『おこりたくなったら やってみて!』などガストンの呼吸セラピー絵本シリーズが出版されて、子どもだけでなく自分自身の感情の扱いに悩む大人の読者からも反響がありました。本書はそのシリーズに続く作品です。最初は、ソーシャルスキルを学ぶ絵本ということで「ノウハウを翻訳するなんてできません」と一度は丁重にお断りしたものの、編集者からの強い要望でお引き受けさせていただいたのです。最近は、お行儀とか小学生になるまでに何に気をつけるかとか、そういう内容の絵本がとても多いんですよね。それを少し残念に思う中で、ガストンシリーズは「面白くて、楽しく読めるように」と念じて訳しました。子どもは、親が注意してもなかなか難しいですよね。だから子どもが絵本を通して、生きるノウハウが自然と心に入ってくるように童話風に訳しています。

――ガストンは、サッカーやゲームなどいろいろなことがうまくできなかったり、つまずいたりする。「決してほめられた子ではないけれど、でもそこから何とか立ち直っていく展開が愛らしい」と話す垣内さん。そんな物語を翻訳するにも苦労があったという。

 実は大学の仏文科卒業と同時にフランス語の辞書は捨ててしまったので、この仕事が決まってから、離れて暮らす娘が大型書店に飛んで行って、辞書を買って私に送ってくれたんです(笑)。もうそれにしがみつくように翻訳したので、この日本語版の絵本ができたのは、娘のおかげです。フランス語をそのまま翻訳すると、やはり日本語ってどうしても長くなるんですよね。それでレイアウト通り、そこに入りきる長さで、いかに短い言葉で訳せるかということに気をつけました。

 ワクワクするような楽しい部分には、つい一言足したくなる性格なんですが、フランスの版元の方から「余分な言葉を足さないでほしい」と言われて、その意向にそいました。「いっぽずつ いっぽずつ」というフレーズに訳した箇所は、原文では「少しずつ」「ちょっとずつ」という意味合いの言葉で書かれていたんです。ニュアンスはそのままで微妙に変えるところが、翻訳の楽しいところですね。単語一つにしてもこだわって、何度も直すこともありました。

『かっても まけても いいんだよ』(主婦の友社)より

――この絵本の著者、オーレリー・シアン・ショウ・シーヌさんが描く色鮮やかなユニコーンの絵も、子どもたちから人気を得ている理由の一つだという。ふだんは虹色をまとったたてがみが、うれしいとき、悲しいとき、眠れないときなど気分によって変色し、くるくる変わる表情豊かなところも見どころだ。

 心は見えない部分だから、色で心情の変化を表現するのは、キャラクターだからできることですかね。ベッドがある子ども部屋の絵も可愛いんです。よく見ると、ガストンはいつも星形のぬいぐるみのようなものを抱えて歩いていて、もちろん眠るときも一緒。こんな愛らしい絵を描くオーレリーさん、彼女にはまだお会いしたことはないんです。でもお会いしない方がいいです。フランス語話せないから。ただ翻訳したときにフランスからこのガストンのぬいぐるみが送られてきて、大切にしています。

オーレリーさんから贈られたガストンのぬいぐるみを手にする垣内さん=石井広子撮影

大事なのは一生懸命楽しむこと

――ママはガストンに優しく大切なことを言い聞かせる。たとえば「ガストン、ゲームを したら いつでも かてる はずが ないのは わかるでしょう? いちばん だいじなのはね たのしんで ゲームを することよ」と。

 この絵本の読み聞かせをしているご両親も、子どもに言いたいことがセリフの中に潜んでいるかもしれませんね。私がこの絵本で最も共感した場面は、嫌なことがあっても「少しずつやっていけばいいんだよ」とガストンを励ますところです。絵本のタイトルにもあるように、勝っても負けても、どっちがいいとか悪いとかじゃないというメッセージが込められている。いつも勝つとも、いつも負けるとも限らないし、いずれにしても一生懸命やればいい。他のページに登場する「かっても まけても よくても わるくても みんなで わらいあってさ!」と「さあ、やろう! なんでも たのしむのが いちばん しあわせなことさ!」というフレーズも気に入っています。大人にも言える大事なことですよね。

『かっても まけても いいんだよ』(主婦の友社)より

――垣内さんにとって、子どもたちに喜んでもらえる作品づくりとは。

 ある読者から「子どもが図書館でこの絵本のあまりの面白さにはまって、返却するのが嫌になってしまった」というエピソードを聞き、とてもうれしかったですね。翻訳者の存在があって、日本の子どもたちもこのフランス発の作品に触れることができると思うと、責任の重大さを感じます。

 今後はファンタジーの絵本を自費出版していきたいと思っています。もう3冊くらい書き溜めてありまして、タイトルを検討中です。私は子どもたちに、おとぎの世界に入ってもらえればそれでいい。お行儀を学ぶというのは、ひとまず少し置いておいて……。ただ素直に楽しくてワクワクしてウキウキする気分っていうのが一番大事だと思っています。絵本の醍醐味はそこにあるのですから。