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彩瀬まるさん「なんどでも生まれる」インタビュー 意思疎通できなくても、あなたを支えたい何かがきっとある

彩瀬まるさん=松嶋愛撮影

救いの主はチャボ⁉

――本作は、チャボの桜さんが心身を病んだ飼い主の茂を助けようとする物語。なぜ、人間ではなくチャボを救世主に選んだのでしょうか。

 動物や植物、ぬいぐるみなど、人と意思疎通できないものに救われることってあるよなって以前から考えていたんです。会話をしてくれるわけでも、社会的に何か助けてくれるわけでもなく、ただその存在がありがたいことってありますよね。それってじつはすごく大きな力だなと思って。それで書き始めたら、桜さんが思ったよりおしゃべりでびっくりしました(笑)。

――桜さんのほかにも、セキセイインコの「師匠」や雀、鶯、バリケンなど様々な鳥が出てきます。もともとお好きなんですか?

 いえ、むしろ鳥類は苦手なんです。くちばしが怖いじゃないですか。ただ、数年前住んでいたところに、観賞用の鶏を飼っているご近所さんがいたんですね。私がよく原稿を書いていたファミレスの向かいにそのお家があったんですけど、仕事しててふっと顔を上げたら、鶏たちがうわーっと歩道にあふれ出していることがあって。たぶん散歩なんですよ。呼ばれたら、お行儀よくまた元の家に戻っていって。その印象があったのかもしれません。

いじめの背景にある「場」

――桜さんは、職場内いじめに遭っていた茂と同じく、鳥小屋でいじめられていた過去があります。そのことを、自分の成長の遅さもあっただろうけど、「小屋の住み心地が悪かった」のが一番の原因だと考えますよね。ここにハッとしました。

 私自身、いろんな職場を経験するなかで、同じ業種ならどこへいっても働きやすいわけでもないんだな、と感じることがあって。ある支店に行ったら、人間関係がめちゃくちゃ悪くて、でも他のお店にヘルプで行ったら、すごく風通しがよかったり。じゃあ何が原因かといえば、それは「場」なんだなと。人の配置が悪いのかもしれないし、そこで課されているノルマが過大であるとか、何かしらのかみ合わせが悪い状態。ひとつの場で不快な目に遭ったら、そこで踏ん張らなきゃと思いがちなんですけど、ぱっと場所を変えれば済む話だったりするんですよね。

――本作では、茂の心身の不調からの快復過程が丹念に描かれます。病状には波があり、一進一退であることがそのままに描かれていますね。彩瀬さんの誠実さを感じました。

 私も一時期、あまりにも仕事が詰まったときに、眠れなくなってクリニックのお世話になったんです。脳がいつも興奮状態になっているのを抑える薬だったり、とりあえず眠らせてくれる薬だったり。

 お薬がちゃんと効いて、よし、これで仕事の量を戻せると思ったら、全然そんなことはなかったんですね。いい感じに眠れるようになってきたから、少し体の負荷の少ない別の薬に変えたら、体質に合わず効果がいまいちだったり、ふと悩みでまた調子が悪くなったり、どうしても波がある。病気のハンドリングってすごく難しいなと思いました。

 「よくなったぜ!」と思って、また振り出しに戻るとすごく落ち込むんです。でも、そういうもんなんだ、と最初から思えば気が楽になるかなって。日本では成人の3分の1は睡眠にトラブルを抱えていると聞いたので、そのひとたちもきっとこんな感じで揺れ動きながらやってるんじゃないかって思いながら書いていました。

親と子は20年のズレがある

――茂を回復へ導いてくれるのは、祖父母だったり、明日町こんぺいとう商店街で出会った他人だったりします。一方、両親とはうまくいきません。

 親子って基本的にわかりあえないものだと思っています。というのは、思春期を過ごした時代が違うじゃないですか。社会に何を要求されながら大きくなったかが、20年ずれていますよね。だからかみ合わないのが普通で、一番いい接し方や距離やスタンスを模索しながらやっていかざるをえないものなんだと思っています。

 ときどき、親子で価値観が共有できて、コミュニケーションが取れていて、お互いにずけずけものを言っても何の軋轢も生まれないっていうパターンもあると思いますが、それって、親子だからじゃなくて、人間的な性格がたまたま合ってただけなんだと思います。同じクラスだったら友達になっていたようなタイプの人がたまたま家族だっただけ。でも本当の友達ってクラスに一人いたらいいほうですよね。そういうまれな確率なんだと思ったほうがいい。

家庭問題のかなめは「外注力」

――「必ずしも家族内で解決しなくていい」ということは、後半の商店街の後継者問題や介護のエピソードにも盛り込まれていますね。

 10年ほど前、私が子どもを保育園に入れるとき、上の世代の親族から「3歳まではお母さんが育ててあげなきゃ」と大反対されたんですよ。私が仕事のときは、親族の〇〇ちゃんちに預けたら、とか言われて……。

――え、すごくイヤです!

 イヤですよね(笑)。逆に彼らは親族以外の人が家に入り込むのをすごくハードル高く考える。高齢世帯にハウスクリーニングしてもらったら、って提案すると、「他人を家に入れるなんて」ってだいたいおじいちゃんがいう。それで、腰の曲がったおばあちゃんが2階まで何時間もかけて布団を干しに行ったり 、三度の食事を作ったりしてる。おじいちゃんはなんにもしない。すごく変ですよね。

 この小説に出てくる子育て支援サービスには私もお世話になりました。第三者が親子の間に入ってくれることで、自分の育児がひとりよがりじゃなくなったし、「今、子育てのこんな部分で悩んでるんですけど、そちらのおうちではどう対処されましたか?」と 外の知見を得る機会にもなった。母と子の関係もすごく安定したんです。

 家庭内のタスクが多すぎて大変なときは、外とコンタクトを取った方がいい。すると、「悪い人に当たったらどうするんだ」って懸念を必ず言われますが、そうならないように頼る先を精査したり、複数の頼る先を探したり、そこに労力を割くべきだと思います。

――茂はテキパキとした物言いのロッカさんという女性を苦手だと感じます。その後、ロッカさんの背景に気づき、緊張を解いていきます。また、見た目は外国人でも英語が話せない人物に、周りが気おくれするシーンも。思い込みの怖さが書かれていますね。

 昔、子どもが保育園で、「女の子はおすもうしても男の子には負けちゃうの」と言ったことがあったんですよ。でも、実際はあの年代では男女の体格差はないんです。むしろ女の子のほうがちょっと大きいくらい。こんな小さいうちから思い込みが始まるんだって考えさせられました。偏見は、どんな年代のどんな人の中にも必ずあるものだと考えています。なぜなら、世界を把握しようとするときに、思い込みを元にした大雑把なカテゴリーを作ってどんどんそれに押し込んでいった方が、圧倒的に処理が簡単になるからです。だから、無数の偏見が自分の中にあることを前提に、その思い込みを一個ずつ解体していくしかないんだと思います。

――いじめの構造や、家族の難しさ、偏見など、本当にいろんな気づきがある小説でした。

 ありがとうございます。こうしてお話ししてみると、今回の作品には、子どもが生まれ、体調を崩し、今に至るまでに感じたこと、考えたことが全部入っています。語り手がチャボだったからこそ思い切り書けたのかもしれません。

――本作は、いろんな作家が架空の商店街からお店をひとつ選んで短編を書くアンソロジー「明日町こんぺいとう商店街」シリーズから派生したものだそうですね。

 このシリーズに1巻から参加しています。これまでは米屋や肉屋など食のど真ん中のお店を書いていたので、何か変わったものも、と思って目が行ったのが、越谷オサムさんが書かれたブティックのお話に「向かいの店」として登場していた川平金物店でした。越谷さんにご了解いただいて、4巻に茂 さんと桜さんを書いたのですが、そこでは茂 さんが元気になり切る前にお話が終わっていたんです。今回、その後の茂 さんを書いたことで、「明日町こんぺいとう商店街」の他のお店にも、それぞれのその後があるんだろうな、と想像してもらえたら嬉しいです。

〈桜さん〉はあなたのそばにも

――物語の中で、桜さんが卵を産む様子が希望を持って繰り返し描かれます。タイトルも「なんどでも生まれる」。どんな思いがありますか。

 よく「時間薬」って言いますけど、昔は全然わからなかった。対処しなければ問題が軽くなるわけないじゃん、って思ってました。でも年をとるにつれ、時間が経つことで物事が変わった、と体感することが幾度かあって。当面これは自分の手では解決できないなって物事を、とりあえず置いておく。そしてその間に、焦りや不安で自分を傷つけてしまわないよう、自分をケアする。それも能力の一つなんだと思うようになりました。桜さんの卵も、ある日タイミングがきて、偶然に生まれてくるものとして描いています。

 もしかしたら、これを読んだ方は「桜さんみたいなパートナーがいたらいいな」って思うかもしれません。でも、「親しみを感じていて真横にいてほしい存在」と考えると、たとえば愛着のある鞄や靴だって桜さんになり得る。意思疎通できなくても、あなたを支えたいって思っているものがきっとある。そして、それを慈しみながら生きる人生はいいものだと思います。

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