1. HOME
  2. 書評
  3. 「21世紀の戦争と政治」書評 クラウゼヴィッツ後を読み解く

「21世紀の戦争と政治」書評 クラウゼヴィッツ後を読み解く

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2024年06月01日
21世紀の戦争と政治――戦場から理論へ 著者:エミール・シンプソン 出版社:みすず書房 ジャンル:政治

ISBN: 9784622096733
発売⽇: 2024/03/19
サイズ: 19.4×2.6cm/408p

「21世紀の戦争と政治」 [著]エミール・シンプソン

 21世紀の戦争はいかなる変化を遂げるのか。19世紀前半に書かれたカール・フォン・クラウゼヴィッツの『戦争論』を基に、自らの実体験を踏まえ、研究者としての立場から論じた書である。クラウゼヴィッツの理論では見通せなくなった時代の戦争論と政治論だ。
 本書には二つのキーワードが頻出する。「ナラティヴ(物語)」と「オーディエンス(対象者)」である。戦争を正当化する言い分と、戦争に関わる人々との意味になろうか。戦争は「敵」と「味方」からなる、というクラウゼヴィッツの二元的発想を超えているのだ。
 著者は、英国の王立グルカ連隊の小隊長としてアフガニスタン紛争に従軍した。戦略ナラティヴの重要性を知り、オーディエンスとの接触でクラウゼヴィッツの理論が必ずしも及ばないと知る。
 クラウゼヴィッツの『戦争論』は、理性擁護の啓蒙(けいもう)主義からロマン主義に向かう分岐点の時代に書かれた。「戦争とは、政治以外の手段による政治交渉の延長」というとらえ方には、戦争を日常と切り離す視点があった。著者は、この『戦争論』が今も本質をついているとくり返し指摘しつつも、ゲリラ戦などの武力を用いる闘争には該当しないという。
 他方、戦争で大きな役割を果たすものとして、クラウゼヴィッツは「政策、情動、闘いの不確定な力学」をあげていた。つまり、戦争の本性の定義がしやすい時代だったと著者はいうが、20世紀の戦争も、この3要素の相互作用で分析が可能と説く。
 本書は2012年に書かれているため、ロシアのウクライナ侵略などへの言及はない。しかし、本書を参考にしてウクライナやガザの状況を分析すると、見えてくる光景がある。私たちは、いまや「戦争の延長としての政治」に直面しているとの結語は、「政治の延長としての戦争」というクラウゼヴィッツの理論が、逆転したことを教えている。
    ◇
Emile Simpson 2006~12年、英国陸軍王立グルカ連隊士官。18年にキングズカレッジ・ロンドンで博士号(国際法)。