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「『社会の未来』を読む」/「『社会問題の核心』を読む」書評 精神を基盤につながりの回復を

評者: 椹木野衣 / 朝⽇新聞掲載:2024年06月01日
『社会の未来』を読む 著者:高橋 巖 出版社:春秋社 ジャンル:人文・思想

ISBN: 9784393325643
発売⽇: 2024/03/21
サイズ: 19.5×2.6cm/328p

『社会問題の核心』を読む 著者:高橋 巖 出版社:春秋社 ジャンル:ジャンル別

ISBN: 9784393325650
発売⽇: 2024/04/18
サイズ: 13.8×19.5cm/304p

「『社会の未来』を読む」/「『社会問題の核心』を読む」 [著]高橋巌

 かつて本書の著者が翻訳した『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』でシュタイナーの思想を知った身としては、かくも現実離れした思想が、どのように「社会」と接続されるのか、いささか疑わしく思いながら手に取った。ところがどうだろう。その語り口は意表をつかれるほど具体的でわかりやすい。
 これは、第1次世界大戦のあとで、シュタイナーが持てる力のほとんどを社会問題に費やしたのが大きい。しかしそれだけではない。著者はどこまでも現在の日本社会が抱える生々しい課題と擦り合わせながら説く。
 たとえば、この世は金がすべてなのか?という身も蓋(ふた)もない問いかけだ。人生が有限なら、死ねばすべてが無に帰すのだから、生きているうちにできるだけいい思いをしたほうがよい。ところが、そのような考えにいかに科学的な合理性(本書ではそうまとめられている)があっても、そのとき人類の未来はどうなるか。シュタイナーは破滅しかないと断言する。
 そこでシュタイナーが持ち出すのが「社会」である。ただし、ふだん思い描かれる社会ではない。社会を経済から切り離し、その基盤に「精神」を据えることで、個々の人間を包摂する一個の有機体=生命と考えるのだ。大袈裟(おおげさ)に聞こえるかもしれない。だが、著者はその例に村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』や網野善彦の『無縁・公界・楽』などを挙げ、「お金」や生の有限性に回収されない「つながり」の回復を説く。時代に先駆けたベーシックインカム構想も、単なる経済政策ではなく、生ける社会=精神に由来するというのだ。
 奇(く)しくも著者は今年、シュタイナーの命日と同じ3月30日に95歳で世を去った。シュタイナーの日本への紹介者の最後の著作がこれほどていねいな(ときに小学生への問いかけを例に出す)説得性を帯びていたことに時代の危機を切に感じずにはいられない。
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たかはし・いわお 元慶応大教授。シュタイナーの研究の第一人者。『神秘学講義』『シュタイナー哲学入門』など。