作家に画家、音楽家といった創造的な仕事をして暮らすことを夢想していた22歳の頃から、坂口氏は年収が前年を下回ったことは一度もないという。本作は、そんな原作者の青年時代の暮らしが元になっている。無名で、収入もほとんどなかったが、「きっと上手(うま)くいく」と根拠のない確信があった。なぜなら、イマジナリーフレンドのような「ジム」がいたからだ。
ジムとは、「事務」のこと。つまり、その名を聞くだけで拒否反応を示す人さえいる概念が、ここでは擬人化されているのだ。道しるべのない原野を行くためか、ジムはいつもサファリ帽を被(かぶ)っている。それも含めた愛らしいビジュアルと、とっつきやすい性格付けが、事務に対する苦手意識を払拭(ふっしょく)してくれる。
最初は距離のあったジムと恭平だが、ふたりが対話を重ねて信頼関係を築いていく過程も楽しい。読むうち、漠とした「夢を実現するための道行き」が明瞭になり、自ら作りだしてしまう不安の霧も晴れる。
頭の中に好きなこと、やってみたいことのイメージはある。だけど、どうやって実現していけばいいのか分からない――。そんな袋小路の洞窟を照らす松明(たいまつ)のような1冊だ。=朝日新聞2024年6月1日掲載