かっこよくなくても、お父さんは頑張っている
――正義の味方とわるものが戦っているプロレスのリング。でも、わるものの方が主人公のぼくのパパという、今までにない絵本を描いたのは、人気漫画の原作から小説、児童書まで幅広いジャンルでお話を書いている板橋雅弘さん。ずるいことをしていためつけることは、いつもやってはいけないこととして教わってきた。「わるものだけど、ゴキブリマスクはぼくのパパなんだ」というぼくを、読者はどんな思いで見るのだろうか。板橋さんがお話を作ったきっかけは、息子さんの思いから始まるという。
息子が3、4歳のときに「パパってかっこいい?」って聞かれたことがあったんですよ。ぼくが「かっこよくねえよ、悪かったな」と言ったら、急にさみしそうな顔をしたんです。あれ、男の子って、お父さんにはいつもかっこよくあってほしいんだな、と思ったことがありました。
また別のときに、息子が友達に「ぼくのお父さんは社長だよ」と説明しているのを聞きました。自分としては物書きのつもりだったけど、同時に編集プロダクションを経営することになって、確かに肩書は社長でもあったんです。社員5、6人の小さな会社でも、「社長」って言ったほうが「すげえ」って言われるんだな、やっぱりお父さんの自慢をしたいんだな、という思いがありました。
でも世の中のお父さんの大半は、かっこよくないし、社長でもないじゃないですか。そういうお父さんだって頑張っているんだよっていう絵本を出せたらな、と思っていました。
――絵本の舞台となっているプロレスは、板橋さんが大好きなエンターテインメント。主人公のお父さんは、「ゴキブリマスク」といういかにも嫌われそうな名前のわるものレスラーである。ある日、学校の宿題で、お父さんの仕事を調べてくるという宿題が出る。
昭和の時代、たいていのプロレスは、悪いことをするレスラーをエースが懲らしめるという流れで興行が行われていました。もともとエースだったラッシャー木村さんという方が、所属団体がつぶれちゃったので、新日本プロレスという団体に乗り込んで、わるものレスラーとして活躍した時代です。でも当時のプロレスファンって非常に濃い奴らだったんで、もう悪役を許さないんですよ。家にまで行って卵を投げつけたり、むちゃくちゃやったんです。
でもラッシャー木村さんってね、実際にお会いすると、すごいいい人なんですよ、こんないい人いるのってくらい。そんな人がファンにがんがん襲われて、愛犬がノイローゼで死んじゃったんです。それで近くの公園で鳩に豆やりながらしょんぼりしていた……という話も聞いたときに、うーん悲しいなと。その悲しさをなんとか子どもに伝えたいと思っていたんです。その思いもあって、わるものプロレスラーをお父さんにして、でも子どもはかっこいいと思いたいというストーリーを考えました。それでできあがったのが、この『パパのしごとはわるものです』でした。
仕事ではわるものでも、お父さんはお父さん
――この絵本は暴力的だと敬遠するお母さんの方が多いだろう、と板橋さんは思っていた。絵本が出版された10年前は絵本にプロレスは受け入れられない風潮が強く、ゴキブリマスクのような悪いレスラー(=ヒールレスラー)なんてもってのほかと感じていた。今でこそかっこいいヒールやユニークなヒールが人気を博しているが、当時は圧倒的な正義のヒーローがもてはやされた時代だった。わるもののパパはその受け止め役でしかない。
一般社会ではいろんなことがあって、ほとんどの子は、親の仕事が見えないでしょう。世の中ってきれいな仕事ばかりじゃないんです。プロレスはエンターテインメントですけど、子どもにそんな仕事の仕組みはわからない。ずるいことをしていて、みんなに罵声を浴びせられていたら、それは悪い人ですからね。「それでも、お父さんは頑張っているんだよ」ということをなんとか伝えたいと、ぼくなりにチャレンジした作品でもあります。児童書の世界に後から入ってきたぼくみたいな人間が、そういうのを書くべきなんじゃないかという勝手な使命感もありました。
実際、お父さんの哀愁がただようお話なので、そこにかっこよさもあるのだとわかってもらえたら嬉しいです。お父さんの背中を見て、「わからないけど、きっとわかるときがくるんだろうな」ということを感じてほしい。理屈でなく雰囲気で伝えるかっこよさですね。
主人公の子どもはお父さんを見て「なにやってんだよ」って思うけれど、いざやられてしまうと「もう、やめて!」と言う。だって、ぼくのパパだから。親子関係ってそういうものなのかなあって思います。なんだかんだあったけど、お父さんに肩車されて帰るこの場面が好きです。
この本を担当してくれた岩崎書店の堀内さんとは、もとはプロレスつながりで知り合ったんです。今でこそ二人とも絵本や児童書に関わっていますが、昔は、堀内さんがプロレスの本の編集をしていて、そこにぼくが記事を書かせてもらう関係でした。二人とも格闘技が好きでね。
それで「プロレスの絵本ってどうですかね」と声をかけました。お父さんにもおもしろくて、買って読み聞かせしたくなるような絵本が作りたいと思っていたんです。でも二人とも、こんなに売れるとはまったく思ってなかったですね。
子どもよりもお父さんの反響がすごかったんです。読み聞かせで泣いていたお父さんもいて、そういう絵本が作れたのは本望ですね。絵本はほとんどお母さんが買うものですから。
正直、お母さんには「何この絵本」って反発をくらうだろうと思っていました。でも、思った以上にお母さんが受け入れてくれたのも嬉しかったですね。今はお母さんも外で仕事をしているのが普通ですから、お父さんだから、お母さんだからという概念はないかもしれません。絵本のゴキブリマスクを、会社の中間管理職と捉えている方もいました。それぞれの自分の仕事の中のわるものポジションになぞらえて、感想を書いてくださる方は多かったです。
プロレスは善悪を単純化して描くことができるというのもあって(本当はいろいろあるんですが)、プロレスを絵本にしてよかったのかなと今は思います。これが、お父さんは課長で、部長に呼ばれて「あいつが働かないのはおまえのせいだ」とか言われて、帰る途中居酒屋に寄って……と描いてもね(笑)。それこそ読む気がしないですよね。
絵本とプロレス界をつなげて応援
――2011年に出版された『パパのしごとはわるものです』が、続編の『パパはわるものチャンピオン』と合わせて映画化されたのが2018年のこと。本物のプロレスラーを配役にして、実写化された。
映画になったときは、新日本プロレスの棚橋弘至選手がゴキブリマスクを演じてくれました。棚橋さんはね、すごい頑張ったプロレスラーなんです。新日本プロレスが一番冬の時代に、新しいプロレスにチェンジするために頑張った人なんですよ。尊いんですよ。映画に出てくれると聞いたときはめっちゃ嬉しかったです。
ただ棚橋さん、演技は素人なんでね(笑)。マイクパフォーマンスが超絶にうまい田口隆祐選手をギンバエマスクにしてくれってお願いしました。田口さんが「おい、ゴキブリィ!」とか言うと、棚橋さんもビシッと見えるんですよ。
この映画のときが、ちょうど新日本プロレスがプロレス界を大きく変えようとしていた時期なんです。だからぼくとしては絵本でプロレス界を応援したい気持ちもありました。
実は映画化する前に、絵本を読んでくださった方の繋がりで、後楽園ホールでゴキブリマスクの試合を実際にやる「絵本プロレス」という興行をしてもらったこともあるんです。ぼくもリングに上がってファンの方に読み聞かせをして、プロレスをしている脇にはちゃんとボーダーの服を着た子ども役の子も用意してくださってね。そのとき手売りした絵本は、100冊以上売れたんですよ。こういうところで買ってくださる方って、一般書店に行ってもほとんど絵本なんて手に取らない方たちです。ああ、母子で読むだけでない、違う世界に絵本を広められたのは、すごくよかったなあと思っています。