「辺縁の自由人」書評 主流とはならず 理想に忠実に
ISBN: 9784883035885
発売⽇: 2024/04/06
サイズ: 14.8×21cm/542p
「辺縁の自由人」 [口述]李永熾 [筆記]李衣雲
守り通したのは自主と自由だ。干渉を排し、自身が描く理想に忠実であり続けた。そうやって激動の時代を生き抜いた。
台湾の歴史学者で、日本史の研究者、日本文学の翻訳者としても知られる李永熾の半生記。実娘の衣雲が口述筆記した。
李は、日本植民地下に生まれた。日本の敗戦で台湾は解放されたが、中国本土からやってきた国民党により、あらたな圧政が始まる。政権は1949年に戒厳令を発令、言論の自由を奪った。ファシズム統治下にあって、李は学者としての道を進みながら、台湾の将来を模索する。
李の思想に飛躍を促したのは、日本での留学体験だった。彼が東京大学で日本史を学んだのは67年からの2年間。〝政治の季節〟のど真ん中だった。学生たちは権威を相手に闘っていた。李はそこに「日本社会の躍動」を見る。さらに、出版物が規制されていた台湾とは違い、日本には多種多様な書物があった。自由な空気の中、李は全力で読書に打ち込んだ。
一方で、マルクス主義の潮流に支配されていた日本のアカデミズムにも違和感を抱く。抑圧された社会で生まれ育った李は、ファシズムとマルクス主義はコインの裏表であるようにも感じたのだ。だからこそ、大塚久雄や丸山眞男の著作から、個人の主体性の確立、そして自由という概念を学んでいく。徹底したリベラリストであろうとする覚悟が形成される。
帰国後は台湾の民主化、独立を目指す隊列に加わり、政治の波にも翻弄(ほんろう)される。李はどんな勢力にあっても主流とはなりえず、常に「辺縁」に立ち続けた。それは国際社会でも「国」として認められることの少ない台湾の立ち位置とも重なる。だが、彼は自由な精神だけは手放さなかった。そこに学者としての信念と知的誠実さを読者は見ることができよう。
本書は一歴史学者が歩んだ道のりを追いかけながら、台湾社会の実像を映し出すのだ。
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り・えいし 1939年生まれ。元・台湾大教授。日本の歴史、思想を論じ、漱石、鷗外、大江らを翻訳。り・いうん 台湾政治大教授。