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ヨシタケシンスケさん「ちょっぴりながもち するそうです」インタビュー 自分に向けた31の「新作おまじない」

ヨシタケシンスケさん=松嶋愛撮影

根拠なく面白がれる場があってもいい

――10回ぐらい読み、読むだけじゃアレなんで、絵本に書かれた31個の「おまじない」を全部書き写してみたんです。不思議とふわっと心が軽くなったり、あるいは、思いがけない深淵の世界に触れたり……。とにかく脳みそがグチャグチャになりました。それにつけても、どうしてこんな「おまじない」の数々を世に出したのですか。

 いくつか理由があって。今は、いろいろモノが言いにくい時代。何を発言しても「エビデンスは?」「根拠は?」「出典は?」ってファクトを求められる時代で、「発言しにくいな」って思うご時世のなか、何かもっと、何の根拠もないことを面白がれる場所があってもいいんじゃないか、というかね。

 昔はもっと、「おまじない」やウソや、本当かどうかわからないことを、本当みたいに書いている本がいっぱいあった。そういう余裕があっても良いだろうな、って思いが一つあったことと、「風が吹けば桶屋が儲かる」じゃないですけど、因果関係みたいなものの創作ができると面白いと思って。

「好きな本の間に一晩はさんでおいたハンカチは

心配事をすいとってくれるそうです」

――因果関係。左のページで「因」、右のページで「果」。いわば「おまじない」の1000本ノック。

「この出来事は、こんな全然関係ないところにつながっているよ!」「そうかもしれないね!」って。本当じゃないのはわかっているけど、そう言われると何かそんな気もするな、みたいな。そういう「いいかげんな話」を集めると、ちょっと面白くなるんじゃないかなって思いがあって。

 僕の本は昔からどれもこれも「何とかかもしれない」って、ぼやかして発言してきたんですけど、この本は「○○らしいよ」って伝聞形のスタイルになった。「責任逃れ」の極致に今回達したんです。

わからないものへの耐性は大事

――書き写していてすぐ気づいたのが、文章の終わりがすべて「だそうです。」。

 そうですそうです。「聞いた話です。私のせいじゃないです」。噂話みたいなものだからこそ、耳を傾けちゃうし、逆に真剣に聞いちゃう。悪くいくとデマみたいな話になっちゃいますけど、微笑ましい「不確かな情報」が、もっとたくさんあっていいはず。そういうものがシェアできるプラットフォームがあったら面白いかもなって思いがありましたね。

「不確かなものを不確かなままで置いておける余裕」が減っていて、本当なのか嘘なのか、敵なのか味方なのか、カッチリさせたがる。その風潮はわかりながらも、でも、わからないものに対する耐性をつけることって、人間社会で生きていく上ですごく大事なことで。

「さびしい気持ちでいっぱいになると

地下深くの水晶が10倍のスピードで成長するそうです」

 これなんか、まったく自分に返ってこないんです。でも、そもそも自分の努力が必ずしも自分に返ってくるとは限らないじゃないですか。自分の行動や気持ちが思わぬところで誰かを救ったり、誰かの努力が思いがけずに自分を救ったりしながら、お互い作用し合っている。群れて暮らす我々には、そういうヘンな因果関係がたくさん張りめぐらされているはずです。

 至極当たり前のことを、こういう形で意識し直すきっかけになるのも面白いかな、というか。だからこの本は「おまじない」の本でもあるんだけど、「創作因果関係の本」でもある。「良い、悪い」を超えた因果関係に思いをはせるだけでも、ちょっと味わい深い、というか。

「くだものをおでこにのせると

大事なことが見つかりやすくなるそうです」

――この「おまじない」は理由を考えたくなりますよね。おでこに果物を置いて香りに敏感になると、耳を澄ますようになって、心がどんどん整って記憶が鋭敏になり始めて……「あっ、大事なことが見つかりやすくなるのは、だからか!」……とか。

 今回、じつは書くのが1個1個、いちばん難しかったんです。「わかるような、わかんないような感じ」の距離感が意外と難しいんですよ。それっぽ過ぎると面白くない。かといって、因果が離れすぎると、やっぱり面白くないんですよね。「理解できないけど、言われて見てみるとそうかも」って思える、ちょうどいい距離があるみたいで。

 おでこに乗せると、どうして大事なことを思い出すのかは、自分でもわかんないけれども、考えてみると面白そう。「風が吹いて桶屋が儲かる」ほど因果が離れると面白くないけれども、桶屋が儲かる3つぐらい手前のものを選んでいく作業が、意外と難しくて楽しかったです。全部、テキストをまず考え、そのテキストに絵をつけていく作業をしたんですけど、絵をつけた途端に面白くなくなったり、幅がぐっと狭まったりしてしまうものもあって、ボツにしたものもありました。

自分を救うための言葉も多々

――そうすると、31のおまじない、すべて「新作おまじない」なんですか。

「新作おまじない」なんですよ。今回全部、書き下ろしの「おまじない」。「ありそうなものを1から考える」というのは意外と難しかった。「~だそうです」っていう、他人から聞いた文末になること以外に、何の縛りもないんですよ。広すぎるからこそ、つくっていくのが難しい作業でしたね。

――まったく根拠のないおまじないの一方で、こんなのも……。

「あなたをその気にさせるスイッチは

自分ではさわれない場所についているそうです」

――これはもう完全に一つの文章ですよね。ちょっと自分を甘やかすような、頑張らなくて良いよ、的な。「ヨシタケさん、自分で安心したいと思ってつくったのかな」って。

 そうですね。まさに、「自分だったらこう言ってもらえたら気がラクだけどな」っていう、自分を救うための言葉も多々あります。でもその一方でこんなのも……。

「こころの中には丸い中庭があって、

何を置いても似合うそうです」

「おまえ、何言ってんの?」みたいな(笑)。

――えっ、そうですか。ちょっと感動したんです。これまで出てこなかったような言葉で。

 意味が全然わかんないのも入れていきたかった。この高低差をつけることで、どう読み取っていいのかわかんない。一見単純なことが実は深いのか、とか。深いのか浅いのかもわかんない。そこをバラケさせるのが、やっていて面白かったですね。

 ただ「ダメな自分を肯定したい」っていうだけだと、面白くない。「詩」としか言いようのない、誰もがポカンとしちゃうようなものが混ざることで、読む側の「読み取り方の幅」が出せるんじゃないかなって。

「500年前、小鳥がおとしたドングリが、木のウロにすっぽりはまった瞬間に

あなたが生まれることが決まったそうです」

 これも「何言ってんだ?」って話。「はあ……」としか言いようがないんだけれども。

――「丸い中庭」も「木のウロ」も、心の中身を覗き込むことでもあるし、自分が今ここに生きる意味を探ることであるとも読み取れて、そういう「おまじない」が、ミカン頭乗っけたやつに紛れて出てくると、「何、何??」って脳みそグルグルに。

 生活感のあるネタと倫理観のネタを、いかに同等の大きさで扱うかがテーマ。今回わりとクリアに、わかりやすい形で挑めた感はあります。「これはキョトンとするんじゃ?」って。「俺もわかんないもん、書いていて」っていう(笑)。それができたのが自分の中では嬉しかったですね。今までは全部自分で説明できるネタで、「なぜそれに至ったか」って全部説明できるからこそ本にしていたけど、今回は、ちょいちょいそこから自由になれた瞬間があった。「だって思いついちゃったから!」みたいな。

 本来、創作ってそういう側面ってあって。「いや、僕もわかんないね、それは」っていうものを愛(め)でるっていうのが一つ、創作のあり方だとすると、僕が本来できないと思っていた部分が、ちょっとできたかもしれないっていうのは、個人的な「当社比」で嬉しい部分もあります。

絵本づくりは「フォーマットづくり」

――「おまじない」でもあり、詩のように感じる場面も多々あります。

 詩集っぽい感じになったのが、ちょっと嬉しいんですよ。自分でも興奮したんですよね。「何言ってんのお前?」って。でもこういうもんで。「詩ってそうじゃない?」。これ別に詩集じゃないですけど。宮沢賢治さんが『春と修羅』の前書きか何かで、「僕が本当にそうとしか思えないことをそのまま書きました。意味がわからないところがたくさんあると思うけど、そこは僕もわかんない」みたいなことを書いている文章があって。

 絵本作家になる前に読んだんですが、それで初めて宮沢賢治を好きになりました。「創作の本当のところを言っている」と思ったんです。自分が作家側になったから、というのも勿論あるんですけど、とても共感できます。僕にとって絵本づくりは「フォーマットづくり」で、今回のフォーマットはそういう意味では面白く、自分を盛り上げることに成功し、楽しくできましたね。

――その今回のフォーマット、最初と最後の「おまじない」の両方に登場する言葉があります。「ながもちする」という言葉。どんな思いを込めたのでしょうか。

 やっぱり、ぱっと「賞味期限」みたいなものに思いが至るのは、50代になったからっていうのはすごくあると思いますね。最近自分が、「自分の老化に首ったけ」ってのもあって(笑)。

――あはは(笑)。

 今までできていたものが、どんどんできなくなってくる。集中力が続く時間もどんどん短くなるし、いろんなことが引き算になっていくときに、「どうすれば長持ちするのか」「そもそも長持ちしなきゃいけないのか」「長持ちさせるって、それこそ若いときの発想なんじゃないか」って。いろんなものが短くなっていくことに対する自分自身の興味がありますね。

――「恐怖」ではなくて「興味」なんですね。

 うん、「興味」ですね。自分はどうしたいんだろう。単純に「長持ちさせたいよな」というのが基本的な欲求としてあるけれども、当然、限度があるわけで。「長持ちしてほしい」って自分のエゴですよね。身勝手な願いをみんなが抱え、右往左往している。そこを面白がっていくしかないわなって。「長持ちしてほしいけど、しないんですよねえ」って苦笑いを、紙の束にできないかなという思いはあります。

――「心身が良好な状態でいる」ことと、「作家としての創作物が良いものである」というのは、また別モノかもしれませんが、「ながもち」という言葉に望みをかけたように読めるところ、「まあ、いいじゃん」と鷹揚に思っておられるのかなって。

「思いたい」ってことですね(笑)。思っているわけじゃないんですよ。「思えたらいいのになあ」っていう自分の希望、願望を込めているんですよね。言ってもらったときに「そうだな」って思える自分でいたい。逆に言うと、自分でそう思えていないからこそ、こうやって本にしている、というかね。5年10年先の自分に届くといいな、響くといいなって。

――自分に対する「おまじない」。

 そうですね。自己暗示のための教科書みたいなものなので。自分や世界を、どうすればちょっとでも面白がって、肯定的に受け止めるか。「長持ちしますように」って祈りを込めた1冊なんでしょうね。

10年経ち「やっとスタートライン」

――あらゆる世代、あらゆる心理状況・体調の人に訴えかける「おまじない」の本だと思います。ところで今回、読者対象年齢を引き上げたのですか。子どもには難しい単語も使っていますね。

 そう、結果的に引き上がっちゃったんですよね。以前はなるべく広い年齢層に、いろいろ小ネタを意図的に散らしてきたんですけど、今回なかなか散らなくて。なんだかんだ言って「社会人あるある」みたいになっちゃった。でもそれが結果的に、今の僕の願い。自分にとってそれぐらい、ある意味視野が狭くなっている。自分に向けた言葉が増えているのかな。

――さっきの「自分の老化に首ったけ」、ポジティブな言葉じゃないですか。

 言葉的にはポジティブなんですけど、ビックリするぐらい集中力も落ちて、他の方の創作物を見たいっていう気持ちが減っている。それが結構、自分でちょっと怖いんです。もちろん、それにはリズムがあって、たぶんまた増えたり減ったりするんでしょうけど、

 もともと取材しないでモノをつくっていますから、どんどん目を塞いで耳を塞いで、それでも入ってきてしまうものだけでつくったものって、面白いのかって興味はありますね。最終的に「とうとうさっぱりわかんなくなった」っていうのがゴールだとは思う。はたして、ひとの共感できるものになるのか。

――さっぱりわからなくなってしまっても、創作を続けていくのでは。

 いやあ、そこはよくわかんないんですよ。何の保証もなくって。それこそ今は、創作自体が自分を盛り上げる手段になっていて、自分を楽しませる手法になっていますけど、別にそれしかないわけじゃなくて。……「これからは盆栽だよ!」みたいには急にならないと思うんですけど(笑)。

――それこそ「フォーマットづくり」が、ヨシタケさんのライフワーク。『りんごかもしれない』から一貫しているじゃないですか。

 そうなんでしょうね。そういうフォーマットができたときに一番興奮するので。それが創作だったりとか、創作がお仕事になったりしていればいいですけど。10年続いただけでもう、儲けもんなんでね。

――まだ見ぬ新たなフォーマットを読者は待ち続けています。「ドングリが木のウロにはまる」といった、心の深淵をのぞき込む哲学的な言葉にも、もっと出会いたいです。

 逆にやっとスタートラインに立てた、というか。(絵本作家デビューから10年経ち、)自分がいろいろ理詰めでものを考え、「これは、こういう理由でつくりました」「こういう理由でこのセリフがここにあるんです」って説明し続けた10年間の先に、「説明できないんです」っていう。逆に「説明できない」と言えるようになるのは、一つの成長と見てもいいかもしれない(笑)。

 読んでくれたひとが真似してくれるのかが、フォーマットを決めるうえで大事なポイントだと思っています。「こんな『おまじない』をつくってみました」っていうのも、見せてもらえたらおもしろいだろうな。

――ヨシタケさんの新たなフォーマットづくり、今後も定点観測していきたいです。

 あははは(笑)。骨を拾ってください。長持ちしましょうお互い。

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