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令和のホラーブームを一覧、展望! 才能が集まりジャンルは栄える

ついに刊行されたホラー小説のランキング本

 ホラー小説のランキング本『このホラーがすごい!2024年版』(宝島社)が発売され、話題を呼んでいる。ミステリーやSFを対象としたランキング本は毎年刊行されているが、ホラーに特化した企画は貴重だ。嬉しいことに発売即重版が決定し、累計3万部を突破。ランキング上位作品を並べた“ホラー棚”を設置している書店も多いようだ。

 同書には、識者の投票によって決定したホラー小説ベスト20が掲載されている(対象期間は2023年4月から24年3月)。国内部門の1位に輝いたのは、奇想に溢れる小田雅久仁の怪奇小説集『禍』と、ネット発のホラーとして異例のヒットを記録した背筋『近畿地方のある場所について』。「幻想」と「恐怖」というホラーの二大要素をそれぞれ体現するかのような両作が拮抗するという、なんとも興味深いランキング結果になった。

 海外部門ではアルゼンチンの“ホラープリンセス”ことマリアーナ・エンリケスの『寝煙草の危険』が首位を獲得したのをはじめ、スペイン、中国、韓国など、英語圏以外のホラーも多数トップテン入り。グローバル時代を反映する結果となっている。

 表紙にインパクトのある仮面を提供しているユーチューバーで『変な家』の著者・雨穴が梨、背筋とともにモキュメンタリー・ホラーについて語ったロング鼎談など、ランキング以外の企画も盛りだくさんだ。令和のホラーブームの盛り上がりを肌で感じられる一冊になっているので、ぜひ手に取ってみていただきたい。

「ゾンビ・アンソロジー」で層の厚さ示す

『このホラーがすごい!』の国内部門でベストテン入りした作家の半数が2020年代以降にデビューした新世代の書き手だったのは、嬉しい驚きだった。井上雅彦監修『異形コレクションLVⅡ 屍者の凱旋』(光文社文庫)は、令和のホラーシーンを支える作家に出会える、“ゾンビテーマ”の書き下ろしアンソロジーである。

『近畿地方のある場所について』の背筋が、新しい一面を見せてくれる純愛ゾンビものの「ふっかつのじゅもん」を筆頭に、篠たまき、最東対地、芦花公園、澤村伊智など国産ホラー小説のニューウェイヴを代表する書き手の多彩な作品が並ぶ。特に印象深かったのは、『このホラ』でも8位にランクインしていた久永実木彦の「風に吹かれて」。人間の死体がふわふわ浮かぶようになった近未来を舞台にした物語で、ボブ・ディランの名曲が聞こえてくるような幻想的な幕切れがいつまでも胸に残る。

 一方で井上雅彦、平山夢明、三津田信三らホラーを知り尽くしたベテラン・中堅作家による、ブランドネームが刻印されたような力作も読みどころ。テーマのひねり方にそれぞれの個性が表れており、ホラー小説の奥深さと、国産ホラー小説の“選手層”の厚さをあらためて感じさせるアンソロジーになっている。

時代小説の人気作家5人がホラーに挑む

 昨今のホラーブームを象徴するような小説集をもう一冊。『歴屍物語集成 畏怖』(中央公論新社)は、天野純希、西條奈加、澤田瞳子、蝉谷めぐ実、矢野隆という時代小説ジャンルで活躍する作家たちが、ホラーに挑んだ書き下ろしの作品集。偶然ながらこちらもゾンビをテーマにしており、もし鎌倉時代や戦国時代、江戸時代に動く死者が存在していたら、という着想をもとに書かれた5編を収める。

 天野純希「死霊の山」は、比叡山延暦寺の僧兵を主人公に、門前町・坂本でのゾンビ騒動を描いた作品。手足を切られても動き回り、よだれを垂らして噛みついてくる“狐憑き”は、映画に登場するゾンビそのもの。比叡山に死者たちが迫る一幕は、スリルとサスペンスに満ちている。この騒動が、織田信長によって引き起こされた日本史上の大事件に繋がっていく、という伝奇的趣向も嬉しい。

 他にも元寇を背景にした矢野隆「有我」、江戸城の大奥で動物の死体が動き出す澤田瞳子「ねむり猫」など、それぞれ工夫を凝らしたゾンビ時代小説で、ホラーファンを楽しませてくれる。人外のものとの愛を描いた西條奈加「土筆の指」、蝉谷めぐ実「肉当て京伝」も忘れがたい。

 近年は他ジャンルで活躍する作家がホラーに参入するというケースが増えており、『このホラ』でもミステリ作家やSF作家が上位にランクインしている。本書もそんな流れの一環と見なすことができるだろう。才能の集まるところにジャンルは栄える。こうした越境は大歓迎したいところである。