「ウクライナの小さな町」書評 虐殺招いた民族主義の不安今も
ISBN: 9784867930250
発売⽇: 2024/04/15
サイズ: 13.3×19cm/360p
「ウクライナの小さな町」 [著]バーナード・ワッサースタイン
ロシアの侵攻が続くウクライナには、ホロコーストの舞台としての過去がある。この地には、かつて大規模なユダヤ人共同体が存在した。だが、第二次世界大戦における独ソ戦に際しては、ソ連と敵対するウクライナ民族主義者がナチスに加担し、大虐殺が行われた。本書は、オランダ在住の歴史家が自らの祖先の出身地であるクラコーヴィエツという町の数百年の軌跡を辿(たど)り、その記憶を掘り起こす。
15世紀以来、この町にはウクライナ人、ポーランド人、ユダヤ人が定住し、19世紀にはユダヤ人が住民の多数を占めた。しかし、ハプスブルク帝国の下でポーランドとウクライナの民族主義が台頭すると、反ユダヤ主義が広がる。第一次世界大戦でも、ロシア革命後の混乱を経てポーランド領となる過程で迫害が繰り返された。著者の一族は代々この町で暮らしており、祖父は大戦時にドイツに移住したが、やがてナチスが台頭すると追放されて故郷に戻る。その後、独ソ戦で町がドイツに蹂躙(じゅうりん)されると、ウクライナ人もナチスのユダヤ人狩りに加わり、著者の父を除く一家全員が命を落とした。
だが、失われたのは家族だけではない。戦後にソ連領となったクラコーヴィエツはポーランド人も追放され、ウクライナ人の町となる。ソ連崩壊後は、ユダヤ人虐殺に手を染めた民族主義者が顕彰され、ユダヤ人の痕跡はほぼ抹消された。著者は、ロシアの侵攻を受けたウクライナに同情しつつ、民族主義の高まりには不安を隠さない。
以上の歴史を踏まえて本書全体を振り返ると、印象深いのは18世紀のハプスブルク帝国の寛容さだ。これに対して19世紀以降、民族の自治が拡大し、選挙が始まると、ユダヤ人への迫害は深刻化する。一つの共同体を長期の視点から描いた本書は、民主主義の下での多民族の共存という課題の持つ難しさと重要性を示した作品として読むこともできよう。
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Bernard Wasserstein 1948年、英国生まれ。歴史学者。シカゴ大名誉教授。近現代ヨーロッパのユダヤ人史を中心に研究。