1. HOME
  2. 書評
  3. 「闇の中をどこまで高く」書評 近未来の物語を貫く喪失の痛み

「闇の中をどこまで高く」書評 近未来の物語を貫く喪失の痛み

評者: 小澤英実 / 朝⽇新聞掲載:2024年06月29日
闇の中をどこまで高く (海外文学セレクション) 著者:セコイア・ナガマツ 出版社:東京創元社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784488016883
発売⽇: 2024/03/09
サイズ: 13.2×19.2cm/320p

「闇の中をどこまで高く」 [著]セコイア・ナガマツ

 コロナ禍で、愛する人々のみとりや、弔いが奪われたことは、私たちの心に深い傷あとを残した。気候変動とパンデミックが猛威を振るい、死があまりに身近になった近未来を描く本作を読んで、死者を送る別れの儀式が、有史以来もっとも根源的で創造的な営みであることに気づく。
 温暖化でシベリアの氷床が解け出し、3万年前の少女の遺体からウイルスが漏出する。誰もが誰かを喪(うしな)った社会で、死は消費財、一大ビジネスだ。「安楽死パーク」の目玉は、3回転する間に子どもたちを安楽死させるジェットコースター。興奮とスリルの絶頂の瞬間、楽しげな悲鳴がかき消えるとともに途絶える命。痛切極まる情景が心に焼きつく。緩やかに関係する14人の人物それぞれの喪失の痛みが各章でつづられるが、終章で伏線が驚くべき形で回収されるから再読必須だ。
 著者は日系3世。海面上昇で列島化した新潟やバーチャルシティー化した秋葉原が舞台となり、日本にルーツのある登場人物も多い。近所の5家族が同じ骨つぼに入る「墓友講」なる慣習、アニメへのオマージュなど、逆輸入された日本の描写が面白いが、上の世代がアメリカに渡り、新しい故郷を見つけたから今の自分があるという家族への強い想(おも)いが物語にあふれている。可能性を求め宇宙へ旅立つ人々の姿に、かつてよりよい地を求めて世界中に散らばっていった移民たちの歴史が重なる。だがウイルスだって、同じ理由で活動しているにすぎないのだ。本作で感染症は、根絶すべき敵ではない。
 「人も場所も、時間がかぎられていればこそ、考えたり成長したり愛したり前進したりする役に立つ」とある人物は言う。人々は、人間の命と地球という星、双方の有限性をあるがままに受け入れながら、やり直しの機会を希求する。作者が差し出すこの物語は、死にかけた星で生きのびる読者をつなぐ、親睦パーティーの招待状なのだ。
    ◇
Sequoia Nagamatsu 1982年生まれのアメリカの作家。南イリノイ大で創作を学んだ。本作は初の長編小説。