獣医学部の学生だった頃、ペットを失った飼い主の深い悲しみに何度か接した。「これほどの悲しみをケアする体制がないなんて」。必要なのは動物の知識だけではない。人の心のあり方も知る必要がある――。そう気付いた。
獣医師国家試験に合格して動物系の専門学校に講師として勤め始めたが、心理学を学ぶため別の大学の大学院に進学。公認心理師と臨床心理士の資格を取得すると共に、ペットロスについてより深く理解し、より効果的にサポートできる方法を模索して、研究にのめり込んだ。
臨床の現場も大切にし、研究者として勤務した大学が2018年に付属動物病院を開院するにあたっては「家族の心のケア科」を創設した。
「ペットロスは『公認されない悲嘆』と言われます。悲しみを公にしにくく、周囲の理解も得にくい。人の家族を亡くした際との最大の違いです」。多くの人がネット上の情報などに頼ろうとする。でもほとんどの場合、納得できるものに行き当たらない。間違った方法や現実とかけ離れた考え方に、かえって混乱させられる人もいる。「ペットを亡くした飼い主さんたちに、適切な相談の場をつくりたかった。その一心で、専門の科を立ち上げました」
思いの延長線上に、本書がある。これまで専門書や研究書でペットロスの問題を説いてきたが、一般の飼い主にこそ広く情報を届ける必要があると考えた。「正しい知識を提供し、悲しみをやわらげる手助けができれば」と話す。
長年の研究やカウンセリング経験を踏まえ、ペットを失った飼い主がどんな感情を抱き、どんな状態に陥るのか、実際の事例を交えて具体的に紹介した。悲しみから回復し、新たな生活に適応していくプロセスについて、寄り添うような気持ちでつづった。
自身を、飼い主の悲しみに共に向き合う「伴走者」になぞらえ、こう話す。「家族の一員だったペットが亡くなれば悲しくて当然。心の痛みは飼い主さんのペットへの愛情の証しなのです。回復、適応にかかる時間は人それぞれですが、ペットと築いてきた絆が、きっと助けてくれます」(文・太田匡彦 写真・山本倫子)=朝日新聞2024年7月13日掲載