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映画「愛に乱暴」主演・江口のりこさんインタビュー 徐々に乱れる平穏な生活、ラストは「それぞれの解釈で」

江口のりこさん=有村蓮撮影

原作が面白過ぎて

――本作のどんなところに惹かれてオファーを受けたのですか?

 先に原作を読んでいたのですが、この面白い小説がどう映画の脚本になるのかということにまず興味がありました。森ガキ(侑大)監督からお話を頂いた時に「こういうのを撮ろうと思っています」と言って、原作と企画書、それに少しだけ書いてある台本を一緒にもらったんですけど、その時の脚本もすごく面白かったんですよ。面白いと思ったらやりたくなるし、森ガキ監督とまたお仕事ご一緒できるのは嬉しかったので、受ける理由はそれだけで十分でした。

――当初は、この作品を映画化することのハードルの高さにモヤモヤされていたそうですね。

 小説の中では、主人公の桃子が様々な女性と出会うのですが、映画の脚本ではそういうエピソードもそぎ落として、全体的にとてもシンプルな話になっていたので、これは難しいと思いました。

 ただ静かで大人しいだけの映画になってしまうんじゃないかという不安もありましたし、自分の中で原作が爆発的に面白かったという記憶があるから、どうしても比較してしまって「面白くできるだろうか」という心配はすごくありましたね。でも、やってみないとわからないですから、映画のためにそぎ落として書かれた脚本に忠実にやってみようと思いました。

――手に入れたはずの居場所を奪われ、もう一度取り戻そうと必死になる桃子の姿が描かれていましたが、感情の機微を含めて、どのように人物像をつかんでいったのですか。

 ある意味で「正解」のような小説を先に読んでいたので、ある程度「こういう人なんだな」とは思っていたんです。でも脚本ではそういう部分もそぎ落とされていたので、途中から映画は映画としての「愛に乱暴」を作らなきゃいけないと思いました。

 そんな風にどこかで吹っ切れてやることはできたのですが、撮影日数を重ねていくにつれて「この先はどうしたらいいのか」という思いが出てきたけれど、それは一人では解決できないことなので、共演者の方や監督、スタッフの方々と一緒に、日々撮影していく中で見つけていった感じです。

(C)2013 吉田修一/新潮社 (C)2024『愛に乱暴』製作委員会

「ありがとう」が聞きたくて

――センスのある装いや手の込んだ献立など、桃子は「丁寧な生活」を送ろうとしていました。

 きっと桃子も、自分が夫にはもう求められていないことは分かっているはずなんだけど、この生活から抜け出せない、これからもうまくやっていかなきゃいけないというモヤモヤした気持ちの中で、手の込んだ料理を作ったり丁寧に手を洗ったり、自分できっちりした生活をしていくことによって、気持ちを立て直しているような気がしました。それに、そうしなきゃやっていられないというところもあったんじゃないかと思います。

――「ありがとう」という言葉が今作のキーワードだったかと思いますが、桃子にとってはどんな意味があったと思いますか?

 やっぱり、そう言ってほしかったんじゃないですかね。旦那さんも言わないし、お義母さんにも毎朝「ゴミありますか?」ってわざわざ聞きに行くけど、一度も「ありがとう」って言ってもらっていないわけですから。桃子にしてみれば、それが欲しくて聞きに行っていたのかもしれないし、もし一度でもどちらかが言ってくれていたら、何かが変わっていったかもしれないですね。

ラスト「私はよかった」

――家の中のある異変に気づいた桃子は、畳の下に耳をそばだて、床下への異常な執着を募らせていきます。チェーンソーで床下を掘っていく一連のシーンは、どこか謎めいていましたね。

 床下のシーンは、観る人が桃子に寄り添って、それぞれの見方をしてくれるんじゃないかと思っています。私が地下という空間で思い浮かぶイメージは「こもれる場所」ですかね。動物として落ち着く場所なんだと思います。

――ラストシーンは原作には描かれていませんでしたが、江口さんは映画の終わり方をどう捉えていますか。

 ラストシーンについては監督とたくさん話し合いました。最初、監督から別のカットで終わるアイデアもあったんですけど、それだとやや直接的な表現になってしまうので、少し距離があるところから桃子が見ているくらいでいいんじゃないかなという結論に達しました。完成した映画を見たら人の足音が入っていたので、そこも含めて見る人がそれぞれ解釈してくれればいいなと思います。

未知の体験記録を読むのが好き

――江口さんは普段、どんな本を読みますか?

 今やっている仕事に関係する本を読むことが割と多いですね。最近は、昭和20年が舞台設定のお話をやっているので、梯久美子さんの『昭和二十年夏、女たちの戦争』(KADOKAWA)を読みました。太平洋戦争中に青春時代を送った5人の女性たちの証言が書かれているのですが、有事の時でもちゃんとそこに生活があったんだなと思いました。電車に乗って仕事に行っている人もいれば、空襲警報が続いて寝不足な日々を送っている人もいる。「空襲で火事になったらつまらない」といって、あまり掃除などしない人もいれば「日本人はもっと美しかったはずなのに」と思っている女性の話も書かれているので、当時の人々の生活の記録や思いを知ることができました。

――趣味で読むジャンルや、好きな作家さんを教えてください。

 小説よりもエッセイや紀行文が好きで、極地探検家の角幡唯介さんの新刊は、いつも待ちわびています。この前読んだ『裸の大地 第二部 犬橇事始』(いぬぞりことはじめ、集英社)は、現地で飼った犬たちで犬ぞりを始めるエピソードが書かれていて面白かったです。何にもないところに一人ぼっちで重たい荷物と犬ぞりだけで1カ月ほど誰とも話さないという世界に身を置くのはどんな気持ちなんだろうと興味があって。自分では分からない、未知の世界を体験している人の記録を読むのが好きなんです。