2024年7月27日、わたしは大阪にいた。
この日はMBSラジオ特番「タイガースファンの皆様、暑中お見舞い申し上げます」の生放送がある。今季前半を振り返りつつ、後半戦に向けて展望を語る番組。
出演者は掛布雅之さん、松村邦洋さん、MBS近藤亨アナ。そしてわたし。
番組では掛布さんの物まねをする松村さんを「松村カケフ」さんと呼んでいた。
声だけだと掛布さんか「カケフ」さんか、混乱しそうなくらい似ている!
ミスター・タイガースこと掛布さんとは情報番組「よんチャンTV」(MBS)でこれまでもご一緒している。CM中、隣席の掛布さんに最近の阪神のこと、個々の選手について訊ねると、番組で解説する時と同じように、丁寧に応えてくださるのが嬉しい。
その様子はどこか少年っぽい。野球の好きな少年が掛布さんの中にいるのだと感じる。
松村さんとも久しぶりの共演。
「中江さんの主演された映画の題名…なんでしたっけ」
「『奇跡の山 さよなら、名犬平治』です」と答えると、手元の紙にタイトルを書きこんでいく。松村さんはこうしてメモしたことを番組内でさりげなく触れて、話題を広げていくのだ。
松村カケフさんをはじめ、岡田監督、吉田義男さん、星野仙一さん、野村克也さんの物まねのメドレーは途切れることなく、わたしの横隔膜はけいれんする。
掛布さん、松村さんと阪神について語る、至福の3時間だった。
ところで8月1日、タイガースの本拠地である阪神甲子園球場は100周年を迎えた。
その前後、チームはオールスターゲームを挟んで8連勝。この勢いで本拠地を離れる「夏のロード」を乗り切れるはず!
しかし、現実はそううまくいかなかった。
そして8月中旬、阪神タイガースは自力優勝消滅の時を迎えた。
優勝の可能性がまったく失われたわけじゃないけど、先行きは厳しい。
ずっと信じ続けてきた連覇。そこへたどり着けないかもしれない。悲しみで原稿もすすまない。
「星とともに走っている者として星の運航をながめよ。また元素が互いに変化し合うのを絶えず思い浮べよ。かかる概念は我々の地上生活の汚れを潔め去ってくれる」(第7巻47)
マルクス・アウレーリウス著、神谷美恵子訳『自省録』の一節だ。
ローマ皇帝アウレーリウスが日々の重責の中、内省の言葉、思索を書き留めた書は、構成らしきものがない。逆に言えばどこからでも読める。なんとなく開いたところに、今の自分の心にハマる言葉がある。上に記したのがそれ。
「星」は夢や希望にたとえられる。「星」は地上から見えても手は届かない。「星」が放つ光は時間をかけて地上に到達する。つまりわたしたちが見ている夜空の「星」の光は過去から届いたもの。
「星」が「阪神」だと仮定する。
「阪神」を応援する者として、「阪神」をながめる――選手たちは幼い頃から野球に打ち込み、一握りのプロとなった人ばかりだ。一時霞んでみえても、輝きを失ったわけではない。
応援するということは、良い結果もそうでない結果も、推しがもたらす喜びも悲しみも受け止めること、とわたしは思っている。
かくいうわたしにも応援してくれるファンの人がいる。
良い時代も、そうでない時代も。ファンの存在は励みで、今も励まされている。誰かが見てくれること、活動を喜んでくれることは自分の存在を肯定してくれた。
応援は間違いなく力になる。そして逆境にいるときは、そのありがたさに感じいる。
アウレーリウスが自分のために書いた雑文が本に編纂され、日本の阪神ファンに読まれているなんて絶対想像していないだろう。ありがとう、アウレーリウスさん! めっちゃ励まされています!
厳しい状況の阪神タイガースだが、明るい出来事もあった。
8月11日の広島戦で髙橋遥人投手が1025日ぶりの復活の勝利を遂げた。
カード負け越しが決まった3戦目、絶対に勝ってほしい試合だった。複数回の手術を経て、マウンドに戻ってきた高橋投手の野球人生のためにも。
「君の肉体がこの人生にへこたれないのに、魂の方が先にへこたれるとは恥ずかしいことだ」(第6巻29)
そうだ、人生も試合もまだ続くのだ。へこたれている場合じゃない!