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千街晶之さん注目のミステリー3冊 先人の作法、受け継ぎ巧みに

  • 阿津川辰海『バーニング・ダンサー』(KADOKAWA)
  • 志駕晃『令和 人間椅子』(文春文庫)
  • 陸秋槎『喪服の似合う少女』(大久保洋子訳、ハヤカワ・ミステリ)

 文芸作品の歴史は先人の業績への敬意と模倣によって紡がれてきた面があるが、とりわけミステリーの場合はそのような傾向が強いと言えそうだ。

 阿津川辰海『バーニング・ダンサー』の背景となるのは、「コトダマ遣い」と呼ばれる特殊能力者が世界中に出現した社会。発火能力、爆破能力など、一人ずつ異なる能力を持つコトダマ遣いによる犯罪に対処するため、警察はコトダマ遣いの捜査官を揃(そろ)えて「警視庁公安部公安第五課 コトダマ犯罪調査課」を結成した。

 捜査官側と犯罪者側、いずれも相手が遣うコトダマの種類がわからない状態で、特殊能力者同士の頭脳戦が繰り広げられる展開は山田風太郎の「忍法帖(ちょう)」シリーズさながらだが、一方で、捜査官側が律儀にホワイトボードで情報を整理し、法科学の原理である「ロカールの原則」を引き合いに出すなど、ジェフリー・ディーヴァーの「リンカーン・ライム」シリーズへのオマージュという側面も持つ。読者を翻弄(ほんろう)する怒濤(どとう)のどんでん返しも、著者がディーヴァーのミステリー作法を体得していることを物語っている。

 志駕(しが)晃『令和 人間椅子』は、江戸川乱歩の名作群にオマージュを捧げた連作短篇(たんぺん)集。表題作のほか、「令和 屋根裏の散歩者」「令和 人でなしの恋」等々、全六篇が収録されている。

 乱歩作品のパロディやパスティーシュの先例は多いが、本作の場合、各篇に「令和」と冠しているだけあって、AIやオンラインサロンといった現代のテクノロジーが次々と登場するのが特色で、『スマホを落としただけなのに』をヒットさせた著者ならではと言える。一方、人間の歪(いびつ)で猟奇的な心理は乱歩の時代と変わらない……と言いたいところだが、そのあたりはかなりドライであり、特に最終話「令和 陰獣」の身も蓋(ふた)もないラストには笑ってしまった。

 『元年春之祭』『文学少女対数学少女』など、日本の「新本格」の影響を受けた作品が多かった中国人作家・陸秋槎(りくしゅうさ)だが、『喪服の似合う少女』は初めてのハードボイルド長篇である。舞台は一九三四年の中華民国。女性私立探偵の劉雅弦(りゅうがげん)は、葛令儀(かつれいぎ)という女学生から、行方不明の友人を探し出してほしいと依頼された。ところが、調査に乗り出した雅弦は、謎の男に襲撃される。

 本作の巻頭で献辞が捧げられているのは、アメリカの作家ロス・マクドナルド。ハードボイルド作家ながら緻密(ちみつ)な謎解きを得意とした巨匠であり、家族の歪(ゆが)みを事件の背景として描くことが多かった作家でもある。著者はロス・マクドナルドのそのような作風を巧みに取り入れ、驚くほど遠大な犯罪計画を悲劇的な余韻を漂わせつつ描き切っている。=朝日新聞2024年8月28日掲載