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クンデラが問う「私」とは 「ほんとうの自分」 藤井光が薦める文庫この新刊!

  1. 『ほんとうの自分』 ミラン・クンデラ著 西永良成訳 集英社文庫 990円
  2. 『滅私』 羽田圭介著 新潮文庫 572円
  3. 『ひきなみ』 千早茜著 角川文庫 858円

 「私」とは何かという問いは、時代と土地によって形を変えつつ物語を生み出し続けている。

 人の実存を問い続けた作家の(1)では、ともに暮らすシャンタルとジャン=マルクの恋人関係が、「ほんとうの自分」はどこにあるのか、という問いによって動揺していく。ある日、謎めいた手紙がシャンタルのもとに届き、第三者の視線を意識することをきっかけに、ふたりの関係と自己像は崩れ始める。メロドラマ的な物語展開をある程度まで読者に予測させつつ、ページをめくらせた先のラストには、巨匠クンデラのしたり顔が待ち受けている。

 現代日本で、不要な物は捨てる生活をうたう男性をめぐる(2)では、自分自身を思い通りにプロデュースすることが主題となる。思い入れができる前に物を捨て、ミニマルな生活を目指す主人公の冴津の前に、捨てたはずの過去がふと姿を現す。「捨て思考」を突き詰めた生活か、物と記憶に囲まれた「ホーム」を目指すかで揺らぎ、自分の存在意義を模索する冴津の迷いは、現代の病理をまざまざと映し出す。

 (3)では、東京の親元から瀬戸内の島に移り、祖父母の家で暮らし始めた小学校6年生の葉が、島で出会った同い年の真以と友情を育んでいく。孤独な少女ふたりは同じ中学校に通い始めるが、やがて、葉と真以の関係を大きく変える出来事が起きる。舞台が都会であれ地方であれ、世代を超えて女性が直面してきたジェンダーの壁の暴力性を前にして、自分の真の姿を追い求めるふたりの姿が忘れがたい。=朝日新聞2024年9月7日掲載