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因習にとわられた共同体を舞台にした異色作「鬼神の檻」 若林踏が薦める文庫この新刊!

  1. 『鬼神の檻(おり)』 西式豊著 ハヤカワ文庫JA 1342円
  2. 『死はすぐそばに』 アンソニー・ホロヴィッツ著、山田蘭訳 創元推理文庫 1210円
  3. 『エイレングラフ弁護士の事件簿』 ローレンス・ブロック著、田村義進訳 文春文庫 1210円

 古いしきたりに囚(とら)われた共同体を舞台にしたミステリは過去より多く書かれているが、(1)はその系譜に当たる作品の中でも異色作と呼べる。秋田県の山間にある御荷守(おにもり)村には「貴神様(きじんさま)」と呼ばれる伝承が残り、五十年に一度、〈四家〉と呼ばれる村の有力家のなかから「貴神様」に嫁入りする女性が選ばれる風習があった。この「貴神様」信仰を巡り、第一部では大正時代を舞台に壮絶なホラー、第二部では昭和時代を舞台にフーダニットの要素が濃い謎解きが展開した後、令和を舞台にした第三部で予想の斜め上を行く光景が広がる。物語の趣向がどこへ向かうのか分からない楽しさに溢(あふ)れたミステリだ。

 (2)は現代海外ミステリを代表する謎解き小説の名手である著者の〈ホーソーン&ホロヴィッツ〉シリーズの第五作。テムズ川沿いにある高級住宅地でヘッジファンド・マネージャーがクロスボウの矢で殺される事件が起きる。事件の調査に乗り出すのは名探偵のダニエル・ホーソーン、という部分は変わらないが、本書は語りの形式に一味違う工夫が施されている。巧妙な手掛かりの隠し方はいつもながら見事で、高い完成度を誇る犯人当て小説を書き続けていることに改めて感心する。

 (3)は米国犯罪小説界の大ベテラン、ローレンス・ブロックが生んだ名キャラクターの短編を全て収めたもの。引き受けた依頼人は必ず無罪となる不敗の弁護士エイレングラフ。弁護士を主役としたリーガル・ミステリは数多くあれど、これほど衝撃的な展開を毎回用意する連作シリーズは類を見ない。=朝日新聞2024年9月21日掲載