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映画「本を綴る」主演・矢柴俊博さんインタビュー 書店を訪ね歩く作家の「本と本屋愛」の物語

矢柴俊博さん=有村蓮撮影

Webドラマのスピンオフが映画に

――「本を綴る」は2022年に公開されたwebドラマ「本を贈る」と同じ篠原哲雄監督で、登場人物も重複しています。作品としてのつながりを教えて下さい。

「本を贈る」の中で僕が旅に出るのですが、まさにその頃の話で、地続きの時間軸になっています。ドラマの中ですでに一ノ関は「書けない作家」でしたが、なぜ書けないのかは言及されていなくて。その書けなくなったいきさつと、再び書こうとするまでについてが、描かれています。

――ドラマの制作時点ですでに、映画の話は出ていたのですか?

 いや、なかったです。ただ撮影の終盤ぐらいに、「一ノ関を主人公にしてスピンオフの形で作品を」みたいな話が持ち上がったようです。実は書けなくなった理由は割と重めなのですが、当初は具体的な設定がなかったので、軽やかなキャラクターとして演じていたんですよ。でも今回は理由そのものが話の軸になっていたので、シリアスな場面が増えていますね。

(C)ストラーユ

撮影中に目星つけ「この本ください」

――作中で一ノ関さんは、全国各地の本屋や図書館を訪ねています。閉店してしまう書店も登場しました。現在、本屋が置かれている状況をどう思っていましたか?

 僕は長いこと同じ街に住んでいて、その街からもチェーン系の本屋すらなくなっていっているのを、目にしてきました。本屋って、 毎回必ず買うわけでもなく、ただ書棚を眺めたりするのが楽しかったりするじゃないですか。自分の知らない本があるのを見ると、ワクワクしたりするんですね。新しい世界や知らない世界に触れて、「これ、どんな人が買うんだろう?」みたいな本との出会いの場がなくなっていく現状は、すごく寂しいと思います。

――今作では、手にした本に挟まっていた手紙が、旅の大きなきっかけとなります。本を買ったら誰かが記した何かを見てしまった経験って、矢柴さんにはありますか?

 さすがに手紙はないですけれど、古本を買うと、線が引いてあることがあるじゃないですか。「僕はそこに線は引かないけれど、引いた人は何を考えていたのか、その人の好みはなんなのか。ひょっとして自分は何か見落としているのではないか」ということはすごく考えます。今回、フランス文学の棚作りについて一人語るシーンがあるのですが、実はあれはアドリブだったんです。

――大学でフランス文学を専攻されてましたもんね。今回は、図書館、新刊書店、古本屋、ブックバーと、さまざまな形態の「本を置く場所」を訪ねます。京都市の「恵文社一乗寺店」や高松市の「本屋ルヌガンガ」など、すべて実在の場所ですよね。

 恵文社さんにしてルヌガンガさんにしても本当に、それまで興味がなかったジャンルでも「これ気になるな」みたいな本がいっぱいあって。「全く違う世界があるよな、読まなきゃ」って思いました。栃木県矢板市のbullock booksという森の中の本屋も登場するのですが、ここでは芝居をしながら棚を眺めては目星をつけて、最後に「この本とこの本をください」って買って帰ったりしましたね。

――個人書店だけでなく、チェーン系の宮脇書店にも足を運んでますね。セリフのなかで宮脇書店の歴史にも触れていて、本と本屋愛に溢れる作品だなと、見ていて思いました。

 本屋がこの先どうあるべきなのか、僕にその答えはわからないけれど、紙の媒体がある世界で生きてきたから本への郷愁はあるし、本屋が続いて欲しいと願う人を応援したい感情は、自然にわいてきます。あとセリフにもありますが、知らないお店を訪ねるとワクワクするんです。僕らの世代って振り返ってみると、本にまつわる恋ってあったんですよね。本が好きな女性に惹かれてしまうみたいな。良い文章を書く人は気になるし、本と恋は相性が良いのかなとも思います。

――遠藤久美子さん扮する朝比奈花さんと、「もしかしたら?」と思ってしまうような感情を交差させるシーンもありますね。

 篠原監督と脚本家の千勝一凛さんと相談しながら一ノ関のセリフを作っていたのですが、監督には「演じるのが矢柴だし、ラブには行かない方がいいですよ」ってお願いしてました(笑)。俳優としてはキレイな方とお近づきになるシーンは非常に楽しく演じられますけどね。一ノ関は言ってみれば「文学版寅さん」でしょうか。

消せない欲望が自分の中にあったから

――今回はついに、メインキャラクターを演じました。

 そうなんですよ。主役になると朝から晩まで出ずっぱりで大変だと思いました(笑)。でも当初は「そういうつもり」ではなかったというか、あくまで「本を贈る」のスピンオフ作品として出演していたので、あくまで「僕はスピンオフの物語を作ってるんだ、それ以上でもそれ以下でもない」と自分に言い聞かせながら演じていましたね。

――演劇を志す前は、将来は何になりたいと思ってましたか?

 学校の先生をやってみたかったのはありますね。金八先生をリアルで視聴していた世代だし、ドラマ「教師びんびん物語」とか流行ってましたから。一方で、なぜ早稲田大学に進学したかというと、「ふぞろいの林檎たち」の脚本家の山田太一さんや、山田さんと親しかった寺山修司さんが卒業生だったから。彼らへの憧れがあったし、高校時代の国語の先生が好きで、先生も早稲田出身だったので、自然に入りたいなと思うようになって。その過程で映画監督をやってみたいなと思うこともありましたね。

――早稲田大学の演劇サークル「劇団森」に入ったのは何がきっかけでしたか?

 どこの演劇サークルも4月に新歓公演をやるんですけど、キレッキレで意味とか超越してるような劇団もあって(笑) 。でも森は人間味を感じられたし、ライバルが多いとなかなか役がつかないけれど、「ここならすぐ出れるんじゃないか」って思って(笑)。実際、6月には公演に出てました。サークルの先輩の中にテレビ局に就職した方がいて、テレビ出演を始めた頃に力を貸してくれたのは大きかったです。 

――ずっと続けてこられたのは何が理由だと思いますか?

 いろんなことが言えますけれど、ひとつはやっぱり、演劇を始めた頃の根拠のない自信のお陰かなと。続けていくとちょっとずつ削られていくんです。もっとすごい演技をする人がいて、モンスターみたいな人がいて。限界を悟って辞める人もいる中で、自分は削られてもまだ、やるべきものがこれだという部分が残っていた。言わば演技への憧れとか、演じたい気持ちで形作られたボールが、ちゃんとした大きさのあるものだったんだなって。消せない欲望がずっと自分の中に存在していたのが、決定的な理由かもしれません。

 もうひとつは、「鎌倉殿の13人」や「救命病棟24時」シリーズ、「電車男」のような、自分の想像を超えて世の中に知られていく作品と巡り会うと、それが延命措置のように効いてくるというのがあるかもしれないですね。

本屋を巡る旅の空気を一緒に

――「本を綴る」の、どんな部分に注目して見て欲しいと思いますか?

 ストーリーこそ一ノ関の旅模様ですが、土地の空気とか店の佇まいとか、間違いなく素敵な風景を描いているので、そういう部分を楽しんで欲しいと思います。僕自身も素敵だなと思いながら訪ねていたので、一緒に旅の空気を味わっていただけたらいいなあと。あとはもう恋に縁遠いおじさんが一瞬夢見るシーンもあるので、そこも楽しんでもらえたらと思いますね。