児童文学作家の角野栄子さん(89)が5日、東京都内で講演し、創作の原点となった「出会い」を振り返った。
24歳の頃、夫とブラジル・サンパウロに渡った。貧しい地区のアパートに住むと、2軒隣に11歳の男の子がいた。父は大道芸人、母はサンバ歌手。壁をたたいて踊る陽気な子だった。
2年後、角野さん夫妻は日本へ帰ることに。だが、準備に追われていた数日間のうちに、その子の一家の部屋は「もぬけの殻になっていた」という。「当時は貧しくて、学校で落第していた彼が、どういう大人に成長しているか、ずっと心配だった」
帰国後、角野さんは大学の恩師のすすめでその子との思い出を書き、1970年に「ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて」でデビューした。
今から数年前、担当編集者の一人がYouTubeに彼の母が出ているのを見つけた。その後、本人と連絡が取れたという。彼は昨秋、来日。角野さんと62年ぶりに再会した。「『僕の一番幸せなときを栄子は本に書いてくれた』と言ってくれた。彼と出会わなければ、私は作家になっていなかった」
トーベ・ヤンソンやディック・ブルーナら、名だたる作家との出会いも紹介。最後は笑顔でこう締めくくった。「あらゆる出会いが面白い。こういう暮らしをずっと続けて、死にたいと思ってるわけ」(伊藤宏樹)=朝日新聞2024年10月26日掲載