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きたむらさとしさんの絵本「ミリーのすてきなぼうし」 スケッチブックにアイデアの種をまいて

『ミリーのすてきなぼうし』(BL出版)より

絵で語るのが絵本

――帽子屋のウィンドーで、すてきな帽子を見つけたミリー。帽子を買おうとお店に入ったものの、お金がない。すると、「ちょうど よいのが ひとつ ありました」といって、お店の人が出してくれたのは「想像の帽子」。ミリーは、街を歩きながらいろいろな想像の帽子をかぶっていく……。クジャクにケーキ、お花、ミリーの想像で次々と変化していく帽子にワクワクする、きたむらさとしさんの絵本『ミリーのすてきなぼうし』(BL出版)。ストーリーは、たくさんのアイデアが描かれたスケッチブックから誕生した。

 アフリカの人が頭の上にものをのせて歩いているところから発想して、自分の好きなものをのせて歩いている絵をなんとなく描いていました。それが絵本になるかなと考えているうちに、ストーリーに発展していきました。だいたい、ちょっとした思いつきから繰り返し考えているうちにストーリーができていきます。自然にまとまっていくといいストーリーですが、無理があるといまひとつ面白くない。必然的というと大袈裟ですが、自然な形でまとまっていくといいですね。

――最初の下書きには言葉がいっぱいあるのだそう。

 ストーリーを考えているといろんなアイデアが浮かぶので、それを下書きに言葉で書き込んでいきます。そうすると、だんだんストーリーが膨らんでいって、絵をどんどん描いていくと、今度は絵がストーリーを説明しだすので、言葉が減っていって、これ以上減らしたら意味がわからなくなるぐらいまで減らせれば完成です。下書きを何段階も描いていますが、最初は5倍くらい言葉を書いています。絵本はどれだけ絵で語れるかが大事なので、言葉が減っていって、いいバランスの中でできあがっていきます。

――物語のキーパーソンになるのが、ミリーに「想像の帽子」を売ってくれる帽子屋の店長だが、意図して登場させたのではないという。

『ミリーのすてきなぼうし』(BL出版)より

 完全にストーリーの流れです。ミリーが帽子屋のウィンドーを見て、きれいな帽子を見つけてお店に入る。そこに店員さんがいるのは自然なこと。どうして「想像の帽子」を思いついたかは覚えていないんですけど、帽子屋さんが気を利かせて、ミリーをがっかりさせないために「見えない帽子」を考えだして、「見えないお金」で買うという流れにしました。ミリーが街で出会う人たちも、あまり深い意味はなく、自然にアイデアが浮かんできたという感じです。ストーリーの展開に特別な「理屈」はないんです。自然にそういう流れになる。読者に対しても、想像力を大切にした方がいいとか、なにかを意図して描いているのではなく、あくまで自分が楽しんで描いているものが結果的に本にまとまっています。

――自身が好きなページは、ミリーが帰宅し、家に入る前のページだ。

『ミリーのすてきなぼうし』(BL出版)より

 作品の中のだいたいどこかに、気に入ったページがありますね。どうしてって言われても、説明がつかないんですけど、僕自身にとって、ある一枚の絵が上手く決まると、なんとなくこの本はうまくいきそうだという感じになります。僕はフランスの「アルシュ」という紙が好きで、この作品はその紙にガラスペンを使って描いています。ペン先をわざと壊して、砥石で少し滑らかにしてから描いています。ガラスペンで描くと、線の太さが不規則になるのが気に入っています。

――本作は、小学校の教科書にも掲載されている。

 もう10年くらい掲載されていますが、教科書は絵がかなり省かれてしまうのが少し残念です。教科書の性質としてしょうがないんですが……。つまり、教科書は言葉を読ませようとするものなので、絵の半分が削られる。子どもたちが作品を知ってくれるのは嬉しいんですけど、絵本があることを知らない子も多い。絵本は「絵」があって成立しているものなので、絵本を読んでほしいなと思います。

空想することや絵を描くことが大好きだった

――きたむらさんは、お兄さんの影響を受け、子どもの頃から絵を描くことが好きだったという。

 兄が子どもの頃から絵が好きで、その影響で物心ついた頃から描いていました。小学生の頃は手塚治虫が大好きで、『鉄腕アトム』を模写するなどしていましたが、空想したものを絵にすることが面白く、毎日何かしら描いていました。もしかしたら、そんな日々が今の仕事につながっているのかもしれません。

 中学生の頃はイラストレーターの和田誠さんの絵が大好きでした。どうしてあんなに少ない線で、人の顔をこんなにそっくりに描けるのだろうと感心して、和田誠風に最小限の線で似顔絵を描こうと、授業中に先生の顔を熱心にスケッチしていました。ある先生に「見たぞ、先生たちの似顔絵」と言われ、叱られるのかと思ったら、「うまいな」と褒められました。悪意はないものの多少皮肉のまじった絵だったのですが、描いたものの中に、その先生の顔がなかったのがよかったのかもしれません。卒業するときには、別の先生が「きたむらは、いつも先生の顔を食入るように見つめながら、授業を聞いてくれたなあ」と感慨にふけっていたのですが、先生の顔をいかに描くかに集中していただけで、授業の方はさっぱり聞いていませんでした(笑)。

――その後、ある人との出会いからイラストの仕事をはじめたことがきっかけで、きたむらさんはイギリスに渡ることに。

 自宅は東京・目黒区でしたが、兄が高校を卒業後に国立市に引っ越して、週末を兄のアパートで過ごすことがありました。国立という場所柄、兄が親しくしていた人たちには、音大出身の人や武蔵野美術大学、東京造形大学の学生も多くいました。その中の一人で、武蔵美を卒業したばかりの櫻井健雄さんという方に誘われたのがきっかけで、イラストレーターの仕事をするようになりました。櫻井さんはデザイナーで一緒に仕事をすることが多く、彼からいろいろ学びました。櫻井さんは「仕事のことで愚痴を言わない」「人の悪口を絶対言わない」「とにかく目の前の仕事を黙々とやる」という人で、自分が初めて社会に出たときに、こういう人から仕事を教わったのは運がよかったと思います。当時は全く意識していなかったのですが、ずっと後になってとても大事なことを学んでいたと気がつきました。

 その後、仕事で出会った写真家に「君は、外国に行った方がいい」と、何度も言われて、お金も貯まってきたので、ひと休みして行ってみようと思ったんです。英語が好きで、英会話教室に通ったり、ラジオで勉強をしたりしていましたが、ちゃんと習得したいという気持ちもあって、まずは、イギリスに。そこが合わなかったらアメリカに行こうと思っていましたが、でもイギリスにすっかり馴染んでしまって、そのまま2年くらい滞在しました。

――その頃、ぼんやりと絵本に興味が出てきたという、きたむらさん。

 日本にいる頃から、ストーリーと絵を両方手掛けることに魅力があって、実験的に描いてはいたんですが、ある日、絵本のアイデアが浮かんできたんです。広告の仕事でプレゼンテーションの方法はわかっていたので、1分くらいで読めるような短いものを描いて、返信用の葉書を入れて出版社に送りました。10社くらい送って、7社ぐらいから「興味がある」という返事が来たんですけど、その頃は景気も悪くて、なかなか出版まではたどりつきませんでした。

 そのうちお金もなくなってきたので、画廊に絵を売りに行ったら、個展をやらないかと誘われて、小さな展覧会を開きました。そこに、以前に一度会った出版社「アンデルセン・プレス」のクラウス・フルーガー社長が、絵本の原稿を持ってきて、この原稿に絵を描かないかって声をかけてくれたんです。その文章がすごくよくて、下書きを描いて持っていったら、これで行こうということになりました。それが最初の絵本『Angry Arthur(ぼくはおこった)』です。

きたむらさんが絵を手がけた初めての絵本『Angry Arthur(ぼくはおこった)』

――アーサーがおこると、雷がなり、嵐がおそい、町がひっくりかえる……。宇宙まで広がっていく子どもの怒りのパワーを表現した『Angry Arthur』は、イギリスの新人絵本画家に与えられるマザーグース賞を受賞。きたむらさんは、その後30年間、イギリスで絵本作家として活動し、多くの作品を手掛けてきた。

 『Angry Arthur』で、ハーウィン・オラムの素晴らしい文章に出会えたのが幸運でした。絵本の文章として、これ以上のものに出会ったことがありません。この絵本を3ヵ月かけて描きながら、いろんなことを経験しました。10冊、20冊手がけても学べないくらいのことを学べたと言ってもいい。それほど、絵本のテキストとして、優れた文章でした。

 これまでに日本で先に出版したのは『わたしのゆたんぽ』(偕成社)と『ポットさん』(BL出版)だけ。今も基本的にはイギリスの出版社から出版しています。イギリスで仕事を始めたこともあって、習慣的に最初から文章も英語で書いています。自分にとっては英語が自然に絵本の言語になっているのかもしれません。英語の言葉から物語が発想されることもあります。『ミリーのすてきなぼうし』は、原題が『Millie's Marvellous Hat』。英語に「Putting on your thinking cap(hat)」という表現があって、ものを「熟考する」という意味ですが、直訳すれば「考え帽子をかぶる」となるのが面白く、それがアイデアの一端になりました。

『ミリーのすてきなぼうし』(BL出版)より

――本作をはじめ、きたむらさんの作品には想像力や個性をテーマにしたものが多いように感じるが、特別意識しているわけではないという。

 自然とそういうものになってしまうんじゃないでしょうかね。人に対する思いやりや同情も想像力からきているもの。想像力は人にとって一番大事なことだと思うので、それを刺激するものを作りたいという思いはあります。かといって、想像することが大事だと教えようと思っているわけではなく、絵本を読んで自然に面白いと思ったり、想像力が刺激されたりするようなものになればいいと思います。別の言い方をすると、作り手が想像力を自分の中でどこまで引き出して作品にできるかが大事だと思うんですね。まだまだ、たくさん描きたいものはあります。アイデアはたくさんあるけど、どれもが本にまとまるわけじゃなくて、本として完成するのはわずかなものだけです。友人の絵本作家デビッド・マッキー(『ぞうのエルマー』の作者)もよく言っていましたが、一生かかっても、描きたいもの全部は描けないのかもしれませんね。