29歳、今日から私が家長です
新しい世界をひらくイ・スラの提案と抵抗
「家父長制」という言葉に、普段から馴染みのある人は少ないかもしれない。しかし現代韓国文学の女性作家たちにとって、それは主要なテーマのひとつだ。
イ・スラ著『29歳、今日から私が家長です』の原題は『家女長の時代』。「家父長」でも「家母長」でもなく、家族の中で一番力を持たされてこなかった若い娘が一家の長として取り仕切る、新しい秩序の提案。そこでは従来無償で提供されてきた家族の世話と家事に対価(賃金)が与えられるだけでなく、そのもともとあったゆるぎない価値と美しさが生き生きとユーモラスに描かれる。そして娘と母と父は、地球上で偶然めぐり合った同士として、何よりも良いチームになろうとするのだ。
見えないけれども確かに存在し、家族や社会を締め付ける家父長制に対するこの軽やかな抵抗の物語を、今ぜひおすすめしたい。(シスターフッド書店Kanin・井元あや)
父の革命日誌
発禁本の誘惑
ジャケ買いはすきだ。
目についたのはかわいいイラストときれいな緑。
けれどひっくり返した帯にあったのは「発禁作家による長編話題作」
それでいて「韓国で32万部突破!」と書いてある。
もう、購入決定だった。
共産主義武装組織の元パルチザンというのが主人公、アリの両親である。
思想で頭でっかちに思える父サンウクは厄介な存在だ。
正論を吐く、余計な一言を言う、労働は苦手、女性に弱い、外面がいい、借金は背負う、
だからとにかく貧しい、しかも最後には電信柱に頭をぶつけて死んでしまうのだ。
思わず私自身の父親を思い浮かべて苦笑いが出た。外面がいいって本当に家族は大変なのだ!
次から次へと葬儀に訪れる人々の語るサンウクのでたらめエピソード。
怒って呆れつつブラックジョーク過ぎて大笑い。
でも、最後にたどり着いたアリには心から寄り添える。
娘から見た父親なんて本当はとびっきりの外面なのかもしれない。
ね、お父さん。(紀伊國屋書店広島店・藤井美樹)
ディア・マイ・シスター
私の人生を壊した痛みを忘れなくていい、変わらなくていい
「2008年7月14日、月曜日」高校生のジェヤは大雨の小さなコンテナの中で性暴力の被害を受ける。日記形式の本書で描かれるのはジェヤの約3760日の断片であるにもかかわらず、何度も訪れる「2008年7月14日、月曜日」の痛みから動くことが出来ない彼女の絶望に身を引き裂かれる。ジェヤを大切に扱ってくれる従兄弟のスンホや妹のジェニ、唯一頼れる大人であるおばさんの存在や時間も、あの被害者やあの時間に繋がっていることがまざまざと感じられる。忘れて生きていくことは、書かれなかった日々の逡巡や、「あの日」以前の人生の線が途切れるということでもあるということでもある。自分自身で生きるためときには大切なものも手放して、起こった出来事を何度もさまざまな言語で語り直そうとするジェヤの姿は、言葉を希望のために使うにはどうすべきか読者や社会に身をもって問いかける。彼女の未来が明るいことを願わずにはいられない。(本のあるところ ajiro・兒崎汐美)
普通の生活──2002年ソウルスタイルその後─李さん一家の3200点
窓のむこう
ソウルで市内バスに乗り始めた頃、アナウンスが聞き取れず一つ先の停留所で下車してしまうことがよくあった。車道沿いに戻るのはもったいない気がして横道に入り住宅地を歩くと、しばしば捨て置かれた家具を目にした。椅子、ちゃぶ台、小ダンス、ドラマで見るような螺鈿装飾の鏡台まであった。人が暮らす家の中をのぞくことはできないけれど、粗大ゴミから少しだけ生活をかいま見たような気がした。この本は2000年代初期、ソウルの集合住宅のとある家庭の家財道具を考現学的に取材した本。日本の暮らしと似ていたり違っていたり、写真の隅々まで興味深い。現在、再開発によってソウルのあちこちで林立するアパート(タワマン)はどれも同じ顔をしているように見えるけれど、その窓のむこうにも多種多様な普通の生活がある。そんな当たり前のことを、20年前の本から感じとることができる。(ブックギャラリーポポタム ・大林えり子)
映画に導かれて暮らす韓国ー違いを見つめ、楽しむ50のエッセイ
ところかわれば
事前にスケジュールを立てるのが苦手だ。友達を食事に誘うにしても、「来週のこの曜日のこの時間、どうですか」が、どうしても出来ない。そもそも来週のその日、その時間に、友達と食事に行きたいかなんて分からない。なので、たいがい「今晩、どう?」という誘い方で、相手を困らせる。
ところかわって韓国では、予定はなるべく直前までフィックスしないのが普通らしい。こうした姿勢を韓国では、日本語とおなじ発音で「ゆとり」という。「ゆとり」とは「融通」の意味。この「ゆとり」は羨ましい。
成川彩の『映画に導かれて暮らす韓国』は、タイトルに映画が入っているものの、映画についての本ではない。映画を入口に韓国に興味を持った著者が、実際に韓国に渡り、暮らす中で見えてきた、日韓の社会や文化の違いについてのエッセイ集。その違いが面白い。そうした違いを考えながら改めて映画やドラマに触れることで、新たな発見がある。それもまた愉しい。(本町文化堂・嶋田詔太)
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