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ノーベル文学賞ハン・ガンさん 今から読みたい書店員オススメの7冊

ハン・ガンさん=2024年4月30日、チェ・スンド氏撮影

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そっと 静かに

いまのところ日本語で読める唯一のエッセイ集

 人類全員に存在を知らせたい本がある。特に、あなた。これからハン・ガンの小説を買おうとしてるあなた。過去にハン・ガンの小説を読み通せなかった経験があるあなた。あなたに、いまこの本と出会ってほしい。

 その本の名は『そっと 静かに』。表紙に描かれた扉は、この先あなたが必要とする時に何度でも一番やさしい迎えをよこしてくれるだろう。これはハン・ガンの音楽への思慕を綴ったエッセイ集だ。1章は音楽と記憶、2章は思い出にまつわる歌、3章は自作の歌について。巻末のQRコードを読み込めばハン・ガン自身による詩二篇と小説『少年が来る』の朗読、自作の歌まで聞ける。

 ハン・ガンの小説があなたが青空だと信じていた膜を切り裂く時、そこからあなたの血が流れてきてしまう。読み進められない時はそっと閉じてもいい。きっとまたひらく時が来るから。その時までずっと、それ以降もずっと、あなたを抱きとめ祝福し一緒にいてくれる存在。それがこの本なのだ。(本屋itoito・横)

菜食主義者

「世界のハン・ガン」の契機となった代表作

「夢を見たの」。そう言ってある日突然、肉食を拒否し、ついには食べる行為そのものを拒否するようになってしまう主人公のヨンヘ。彼女の精神が蝕ばれていく過程がヨンヘの夫、義兄、姉のインヘの3人によって語られる。ヨンヘが肉食を拒否するのは「菜食主義者」になるのだという信念からではなく本能的なものであり、奇妙な行動を始めたヨンヘと家族との関係も壊れていく。それらの原因は一見、夫の心ない言動や家父長的な父、一方的な愛情を押し付ける母といった「他人からの暴力」のようにも思えるが、根源にあるのは社会のひずみがヨンヘの心に植えつけたトラウマであり、木になったと自覚したヨンヘもまた、自らが内包する暴力性に気づく。奇怪で、ともすれば不快に受け止められがちな内容が著者固有の文体で美しく迫ってくる連作小説。2016年に国際ブッカー賞を受賞し、ノーベル文学賞への道を開くきっかけとなった象徴的な作品でもある。(CHEKCCORI・清水知佐子)

「菜食主義者」朝日新聞書評 肉を食べず、手の届かない世界へ  

ギリシャ語の時間

寂しくて美しく、そして優しい物語

 言葉を話せなくなった女性と視力を失いつつある男性。孤独な二人が出会ったのは古典ギリシャ語の授業でした。それぞれが抱える痛みを知る時、読んでいて寂しい人たちだと感じるかもしれません。でもハン・ガンの文章は、寂しさとともに立ちあがる優しさも含まれています。それに寂しいことは特別に悪いことではないとも思えました。
 幼いころに独学でハングル文字を覚えた彼女の描写など、この作者にしか描けない美しさです。
 静かで穏やかな時間の中、ゆっくりと距離を縮める二人。劇的なことは起こらないけれど、着実に良い方向へ恢復してゆくと感じさせてくれるお話でした。ぜひ静かな雨の日に読んで欲しいです。(もちろん晴れの日でも読んで欲しい)(紀伊國屋書店新宿本店・玉本千幸)

引き出しに夕方をしまっておいた

この詩集の扉は読者に開いている

 韓国の小説家は詩人としても活動している方が多い印象があります。
 本書はノーベル文学賞を受賞し話題を集めているハン・ガンの詩集です。
 ハン・ガンの描く小説は、歴史と個人の人生の苦味をうまく描き出します。
 詩はどうでしょうか。詩は難しい。物語から解放された生身の言葉と向き合うのは読者として戸惑ってしまう。でもこの詩集の扉は読者に開いている。鋭い言葉と それを包みこむ丁寧な言葉の、交差する感じが心地よい。
 詩を読むというのは、足元の見えない暗い洞窟の中を歩くような行為。とても心細い。そこで、巻末に翻訳者ふたりによる対談が、読者にとって松明のような存在になると思う。(双子のライオン堂・竹田信弥)

少年が来る

人間は、根本的に残忍な存在なのですか?

 今年3月、ソウル・西村のカフェで予期せぬ機会に恵まれた。「エピローグの、光州を訪れて取材をする“私”は、ハン・ガンさん自身ですか?」「80%は、そうです」。敬愛する作家が隣に座っているというのに、まともに質問できたのはそれくらいだ。夢のようなできごとに舞い上がって、その直前に購入した『少年が来る』の原書を胸に抱え「一番好きな本です!」と笑顔で伝えてしまった。あんなふうに笑顔で言うなんて……。1980年5月8日、地方都市・光州で実際に起きたこと。軍事独裁政権下で、大勢の市民が自国の軍隊に虐殺され、警察に逮捕されて拷問を受けた。民主化を求めるデモに参加した人とは限らない。ただそこにいただけの、少年少女も無惨に殺された。その日命を奪われた少年の魂の声を聞き、生き残った人、子どもを失った母親がその後どう生きねばならなかったのかを知る、それが小説『少年が来る』だ。言うまでもなく、読むのは苦しい。本の中で、話したくない当時のことを聞かれるうちに「つまり人間は、根本的に残忍な存在なのですか?」と逆に問うてくる人がいる。その問いに、読者として「違う」と即答できない世界に今いることが、この小説を読むことをもっと苦しくする。それでも、だからこそ、読まれてほしいと強く願う。「好き」もどうかと思うし笑顔では言わないけれど「一番好きな本」だ。(ヒマール・辻川純子)

「少年が来る」朝日新聞書評 弾圧された人々の傷ひとつずつ 

すべての、白いものたちの

「흰」とともにあるもの

 まずは私とハン・ガン氏との出会いから説明したい。ここでいう「出会い」というのは「ハン・ガン著作との出会い」という比喩的表現ではない。今年3月、私は初めての韓国旅行を体験した。そこでなんとハン・ガン氏本人と直接対面したのだ。初めて会う大作家先生はとても温和で優しげで、でもどこか物悲しい雰囲気を纏った方だった。ハン・ガン氏と記念すべき初対面を果たした場所は「本屋オヌル」。小さな素敵な本屋さん。そこで私は『すべての、白いものたちの』を購入した。店番をしていた若いスタッフに「ハン・ガン初心者におすすめの本は?」と尋ねたところ、悩みあぐねた末にこの本を薦めてくれたのだった。もちろん原書では読めないので(いつかは読みたい)、邦訳版で読了。読後は放心。いや、いろいろな思いが渦巻いてはいたけれど、まるで取り留めがなかった。この本は「白い」ものを書いた本。でもそれは真っ白ではない白だ。こんなにも繊細で、温かくて、痛ましい文章を私は初めて体験した。生きること、そして死ぬことはどういうことなのだろう。私もハン・ガン氏と同じく頭痛持ちなのだが、ずきずきと痛むたび「生」を感じる。そしてまたこの本を開く。ハン・ガン氏の悲しみを湛えた目を思いうかべる。現代人はみんな漠然と「死にたい」なんて言うけれど。ずっと私は考えている。まだ答えは出ない。(東山堂川徳店・髙橋由莉和)

「すべての、白いものたちの」朝日新聞書評 死者につながるものを集めて

別れを告げない

痛みの中の究極の愛

 あなたには大切な人がいる。その人は、あなたのもとから奪われてしまった。その人がどこにいるのかわからない。その人がどうなってしまったのかわからない。そんな時に、あなたはどうするだろうか。
 ハン・ガンは、あとがきでこう書いている。「この本が、究極の愛についての小説であることを願う」。究極の愛。それはきっと、死んだと思ってあきらめようと言われても、あきらめずにその人を探し続けること。その人の巻き込まれた恐ろしい出来事がなかったことにされようとも、確かに起こったことを語り続けること。その人を忘れないこと。思い出し続けること。
 作中で、登場人物が事故で指を切断してしまい、縫合痕に針を突き刺すシーンがある。出血と痛みが続かなければ、神経が死に、繋げた指が腐ってしまうため、針を刺し続けなければならないのだという。大切な人を探し続け、語り続け、思い出し続けることはきっと、癒えない傷に針を刺すことに等しい。血を流しながら、痛みを覚えながら、それでも針を刺し続けることに、等しい。
 別れを告げない。
 それは、あなたを忘れてしまうよりも、苦しみながらもあなたを想い続けるという、決意の言葉だ。究極の愛は痛みの中にある。そこではもはや、生きていようと死んでいようと、わたしたちは一緒にいる。(梅田 蔦屋書店・河出真美)

「別れを告げない」朝日新聞書評 引き裂かれた島の記憶から光が

ハン・ガンさん作品紹介を音声でも!

 好書好日編集部がお送りするポッドキャスト「本好きの昼休み」で、ハン・ガンさんの著作の紹介を音声でお聴きいただけます。