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「人間図書館」書評 「本」たちの言葉が語る生の意味

評者: 長沢美津子 / 朝⽇新聞掲載:2024年11月23日
ニューヨーク精神科医の人間図書館 著者:ナ ジョンホ 出版社:柏書房 ジャンル:福祉

ISBN: 9784760155699
発売⽇: 2024/09/25
サイズ: 18.8×1.6cm/175p

「人間図書館」 [著]ナ・ジョンホ

 表紙カバーの絵の人々を眺めていると、寂しいようで、静かな光を感じる。少しひっかかりのある紙質も、指先の体温を受け止めて、次第に手になじんでくる。
 それは本書の読後感とつながっている。言葉を探すなら「安堵(あんど)」だが、途中は心揺さぶられる。
 タイトルの「人間図書館」はデンマーク発。人を本に見立て、「本」を「借り」ることで生まれる会話から相手を知り、差別や偏見のバリアーをなくそうというプロジェクトだ。著者はかつて研修医として通った診察室をこの人間図書館になぞらえ、その人のストーリーをつづっていく。敬意をこめて、きめ細かに。
 著者が働いたのは、ホームレスが患者の7割を占める病院の精神科だ。多くの患者が病名の背景に、アイデンティティーや家族についてなど二重、三重の課題を抱えている。実話は時に受け止めがたいほど過酷で、治療に終わりが来るとは限らない。そして記しておきたいのは、疾患はその人の一部に過ぎず、幸せな場面もたくさん見せてくれることだ。
 どこまで先入観や偏見なく、相手の話に耳を傾けられるか。研修医の著者の悩みは、読者への問いかけでもある。
 自身もアジア系の移民。差別の目を向けられることもある。アフリカがルーツの患者に「先生と一緒の時間は、気持ちが楽でした」と頼られる場面は、苦く、切ない。
 胸をつかれたのが「同情」と「共感」の違いについての考察だ。前者は外からの観察で、相手と自分は「断ち切られている」。一方共感は「苦痛を感じる人の立場から世界を見つめ、考えること」だという。
 さらには、「同じ経験をしたことがなくても、共感はできる」とも。著者と共に読者も本から発見するのだ。
 「人生には生きる価値がある」と著者は書いている。著者がすすめる「本」が、その生きた証人として、言葉を尽くしてくれている。
    ◇
米イエール大医学部精神医学科教授。韓国の精神疾患と治療に対する偏見を緩和するため文筆活動を続けている。