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日々の助け 柴崎友香

 ロサンゼルスでの生活も二か月を過ぎた。外国で完全に自炊で生活するのは初めてである。ガスや電気料金の支払いや保険の手続きなども元々事務作業が苦手な私には大変だったが、生活用品をあれこれそろえるのもなかなか手間だった。

 インフレと円安の折、食材を買うにも一つ一つ表示と値段を見比べて時間がかかってしまう(五年前にドイツでパッケージはどう見ても普通のトマトジュースを買ったら激辛だったことがあり、それ以来表示はよく確かめるようにしている)。

 普段の生活で最も助けになっているのは、実際にアメリカで生活している人、滞在経験がある日本の人のブログやSNSだ。日本の洗剤のこれに近いのはこれ、このスーパーのおすすめ調味料はこれ、と写真に価格の情報もつけて載せてくれている。洗濯機やオーブンの使い方、帰国時の銀行口座の閉じ方まで、細々したいろんな情報がある。

 写真を撮って、そこに注釈も入れて解説されている。液晶画面に向かって感謝の念を送る毎日だ。それらの記事は、たいていは依頼されたわけでもなく、書いた人に大きな利益があるというわけでもないだろう。ご本人も慣れない外国での暮らしで得た経験や知恵を、気前よく分け与えてくれている。私も自分のSNSで何か、と思うが、たとえば買ってきてすぐのきれいな状態で写真を撮るのがけっこう面倒で、こまめに情報をあげている人はえらいなあ、とつくづく思う。

 ビザを取得するときも、大使館までの道順やコインロッカーの場所を解説してくれているブログで予習した。そんなふうに、誰かが見知らぬ誰かを助けることが、インターネットやSNSではたくさんあって、私もその恩恵にあずかってきた。

 だからこそ、真偽不明の情報のほうが目立つようになったり犯罪に悪用されたりして、発信するのも受け取るのも難しい場所になっていくのはとても困る。どうしたものかな、と思う。=朝日新聞2024年11月27日掲載